« 2007年12月 | メイン | 2008年02月 »

2008年01月30日

虫食い修理

昨日午後、画家の土屋先生がやってきた。床の間の絵が一部虫に食われたので、補修に来て下さったのである。本堂で直ぐ作業が始まり,小1時間で終わった。真っ黒な墨の部分を食われ、点々と白くなっていたので、目立つことこの上なかったが、これで良くなった。3月上旬には恒例の梅祭り協賛、障壁画一般公開があるのでほっとした。その後、知人の画廊を訪れ、丁度開催されていた名品展を見た。お目当ては村上華岳の釈迦像、小品ながら絶品であった。その他横山大観・下村観山、対幅の布袋・寿老人、これも素晴らしかった。閉め切った画廊に暖房なしで見ていたから、腹の底まで冷えた。その後近くで会食。土屋先生の話は何時も話題が豊富で、多岐に亘り、時の経つのを忘れる。リーウーハンの絵、抽象画について、含蓄のある話しを伺い、大いに得るところがあった。

投稿者 zuiryo : 11:12 | コメント (0)

2008年01月26日

起単留錫

制末恒例の起単留錫の日である。講座の後引き続き行われる。僧堂時代は随分言う側に居たわけだが、人を批評するのもこれでなかなか難しいものだ。僧堂は階級社会、上の者には絶対服従だから何を言おうが勝手なのだが、その人の為を思ってと考えると、結構神経を使う。自分の顔は自分では見られない、忌憚のない批評は、幾つになっても尊ばなければいけない。僧堂ではこれを茶飲み話のようにやるのではなく、きちんと格式をもって執り行う。だから修行の一つの節目になるのである。「留錫とあらば一料簡ねがい置きます。・・・・・」で始まる。話は変わるが、このところ何と寒いことか。昨日など台風並みの強風が小雪混じりに吹き荒れた。立てた旗が千切れんばかりで、大丈夫かしらと心配になるほどであった。只有り難いのは、雪が降っても積もるほどでもないことである。この辺りでは降り出すとあっという間に3,40センチは積もる。長い参道の雪かきも大仕事で、その上、軒先の雪を掻き落とさなければならないからこれも大変なこと、まあ、何とか強風だけにしておいて欲しいものだ。

投稿者 zuiryo : 14:48 | コメント (0)

2008年01月22日

ご無沙汰しました

別にのびていたわけではありません。昨夜10時、一週間の大接心が無事円成し、今日は把針灸治、ほっと一息ついているところです。以前姉に、「あんたね、65になってご覧、ガクッとくるわよ。」と言われたことがあるが、な~るほど、ガクッ!ときました。長年慣れた大接心といいえ、膝や腰など節々が、ギシグシ軋むようになって、ひしひし年齢を感じています。しかし終わった後の爽快感、この醍醐味は修行した者でなければ解るまい。お天気はどんより曇って小寒いが、心は晴れやかである。お寺も留護を残して皆外出したため、し~んと静まりかえっている。ハチも話し相手が居らず寂しいらしく、私が台所辺を通るたびに、足下に絡みついて、ごろりと横になる。これは「お腹を撫でて!」という合図、お腹をさすってやると目を細め、いかにも気持ち良さそうにする。だからちょっと買い物に行くにもやたら時間を食う。2月1日解制のため、下旬は行事がびっしり詰まって、暇なのは今日だけ、明日からは又大忙しの毎日である。

投稿者 zuiryo : 14:42 | コメント (0)

2008年01月14日

成人式

今日は成人式だそうで、テレビで各地の様子が報ぜられていた。私は二十歳の時は既に僧堂で修行していたので、当然、式などへ出席するわけもなく、翌日市役所から小さな紅白饅頭が届けられ、「へ~そうなんだ」と思っただけで、ぱくぱくと食って終わった。華やかに着飾った若者を見ながら、40数年前をふと思い出した。僧堂は今日、把針灸治、明日から一週間、夏末(げまつ)大接心である。今朝から急に身を切るような雪風が吹き、空気もがらっと変わって、良い大接心になりそうだ。午後は山越えして運動を兼ね伊奈波神社詣り。昨日茶会で宮司に会ったら、「今年は元日以来ずっと大忙しなんです。」と顔をほころばしていたが、境内は人で一杯、大いに商売繁盛であった。しかしスピーカーで凡そお正月らしからぬ音楽を流していたが、あれは感心しない。入り口には佐義長で燃やす古札やお飾りが堆く積み上げられていた。近年、家庭一般ゴミまで持ち込んでくる人があるそうで、「監視カメラが設置されています」という立て札があったが、言語道断、バチが当たること必定である。

投稿者 zuiryo : 20:03 | コメント (0)

2008年01月10日

神様も大忙し

お寺でも一般でも新年は何かと忙しい。特に経済界の方々は新年の顔合わせ会が次々にあって、大変忙しいそうだ。私は今日、ライオンズクラブでちょっとお話しを・・・と言うので出掛けた。明日は関係している団体の新年会、明後日は茶道の初釜、その後は旅行の打ち合わせ等々目白押し。15日からは一週間の夏末大接心がある。ところで、昨日市内の或る神社の総代をしている方と話したのだが、今年は元旦が曇った上に小雪が舞いとんと出足が悪かったそうだ。しかし二日目から好天に恵まれ、更に曜日の巡りが良くて6日まで休暇のところが多く、結局トータルでは昨年並みとなりほっと安堵の胸を撫で下ろしたと言うことだ。神社にとって、お正月は最大の収入源だそうで、参拝者の数が大変気になるところだという。こんな話を聞いていると、お正月神社へ初詣して商売繁盛など神様に頼んでも絶対聞き入れては貰えないと思った。それはそうでしょう、自分ところが商売繁盛するか否か、天下分け目の一大決戦中に、人のことなんか構っちゃいられない。そこで、本当のお詣りは正月気分も収まって、一息ついてからするのが良いな~と思った。毎年恒例で、お伊勢さんに初詣に出掛ける。こちらは2月になってから行き、「赤福餅」を買ってこよう。

投稿者 zuiryo : 15:36 | コメント (0)

2008年01月08日

波乱の幕開け

一昨日夜8時頃、突然火災警報器がけたたましい音を立てた。思わず3寸ばかり座布団から飛び上がった。近くの消化器を片手にひっつかみ、納戸周辺というエリアー表示だったので、すっ飛んでいった。雲水達もめいめい消化器を片手にうろうろ、ところが発火場所を幾ら見ても煙一つ立っていない。明らかに誤作動であった。ほっと一息安堵の胸を撫で下ろおろしたのは良かったが、いくら機械を操作してもけたたましいベルの音が止まらない。これには困ってしまった。そのベルの音の大きいと言ったらない。早速管理会社に連絡をとり、来て貰って漸く鳴りやんだ。まっ、誤作動で良かったけど!正月早々から腰痛、2日連続電気針治療でほぼ完治、こちらの方はひとまず落着。今日は腎動脈瘤の造影剤を入れての撮影日、これも問題なしの合格。兎も角やたら体のあっちこっちが傷んできて、もう、ポンコツだ!波乱の幕開けである。

投稿者 zuiryo : 20:37 | コメント (0)

2008年01月05日

腰痛

年末掃除を張り切りすぎたせいか、正月早々から腰痛に襲われた。十数年来の持病で、特にここ数年は必ず年に1回くらいは悩まされる。月づきに要と書くくらいで、体全体の要であり、酷くなると顔も洗えなくなる。今回のはそこまでではないが、前屈みになりにくく、大体所作が全て年寄りっぽくなって、何とも情けない格好だ。折角の好天にも拘わらず、部屋に引きこもって終日読書三昧である。明日は開山さんの初月忌だから庭掃除の一つも、しなければならないのだが、この状態では無理、歯がゆい限りである。こう言うときは何時もお世話になっている整体治療院へ駆け込み、電気針で即完治なのだが、正月休みで駄目、間が悪いったらない。腰痛は人類が直立歩行するようになって以来の宿命だと聞くが、一方では、腰痛など経験したことがないという人も沢山居る。以前整形外科で診て貰ったとき、「あなたの腰椎は5,5あります。その半分の骨は元猿だったときの尻尾の名残です。これが腰痛を引き起こす原因ですね。」と言われたことがある。じゃ何かよ、俺はみんなより猿に近いってこと?

投稿者 zuiryo : 13:45 | コメント (0)

2008年01月04日

正月三ケ日も無事過ぎて

正月三ケ日も例年通りに終わって、今朝からは如常、矢張り、朝は大きな声を出してお経を読むところから始まる一日が一番だ。会社によっては7日から仕事始めという暢気なところもあるそうだが、僧堂は曜日に関係なく、いつも4日が仕事始めである。午前中、近くの和尚さんが年始に来られ、その後、アメリカへ嫁がれた知人の娘さん夫婦が1歳の子供を連れてやって来た。子育ては日本国内にいてもなかなか大変と聞くので、「慣れない外国で如何ですか?」と聞いたら、アメリカは種々雑多な国々の人の集合体だから、日本人の医者もおり、不都合はないという。但し看護婦さんはアメリカ人なので、言葉の問題が少々ありだと言うことだ。日常の事柄でも、困っていると周囲の誰かが直ぐ手助けをして呉れるそうで、随分助かるという。しかし日本の便利さに慣れた者には、戸惑うことも多いそうで、例えば水道の蛇口の修理ひとつに、何ケ月も掛かってしまうこともあるそうだ。日本では、宅急便などにしても、スピーディーで何と便利なものかと思う。この快適さが当たり前だと思ったら大間違いで、世界にはもっと不便で不親切で、頭がカッカすることが幾らでもある。

投稿者 zuiryo : 11:41 | コメント (0)

2008年01月01日

必ず本願遂ぐべし

明けましておめでとうございます。「1年の計は元旦にあり」と申しますが、私の今年の計は、「愁うることを須(もち)いざれ、宜しく方便を求めて、必ず本願遂げべし」という、鑑真和上のお言葉に致しました。年末の30日、居室の大掃除をしておりましたら、書類の間からポロッとメモ書きが落ちてきました。見ると、上記の如き鑑真和上のお言葉でした。人生、なかなか思うようにいかないものですが、なあに、心配することはない、全知全能を傾注して事に当たれば、必ず願いは叶う、と解釈しました。今年は少々の逆境にめげずに頑張ろうと思います。子(ね)歳は子孫と解釈して、立派な子供を育てることが繁栄の元、私も腕に磨きを掛けて、ビシバシ雲水を鍛えて行こうと、決意を新たにしました。私の未熟なブログにお付き合い頂き頂御礼申し上げます。本年も何卒宜しくお願いします。

投稿者 zuiryo : 09:08 | コメント (1)