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2009年03月31日
カラスの散歩
朝晩はまだ少し寒いものの、日中はぐっと春めいてきた。総門脇の数本の桜も今や花盛り、門前の人達が花の下でお喋りしている。今日は把針灸治、し~んと静まりかえった、居室前の石畳をのんびりカラスが散歩している。1羽また1羽、数えたら10羽、綺麗に掃き清められた石畳では餌になるものなど何もない。どう見てもこれは仲良し同士の散歩である。髪はカラスの濡れ羽色と言うが、黒々していかにも艶のある背中に日を一杯に浴び、歩く姿は堂々たるもので、思わず見とれた。どこの都市でも生ゴミをあさるカラスには閉口している。だから嫌われ者の代表のような鳥だが、あれはカラスに罪があるわけではなく、人間の管理に問題がある。餌を求めて飛び回るのはどの鳥も一緒で、生きるためには必死に餌をあさるのである。つくばいに水浴びにやって来る小鳥を狙って、うちの野良猫が飛びかかるのも、生きるためには止むを得ないことなのだ。それにしても隠寮の庭にカラスは絵にならぬ。カラスは頭が大きいからその分賢く、追っ払ってもこちらとの距離を計算して、余分には逃げない。その辺が一層小憎らしく、可愛げがないのである。更にあの悪魔の鳴き声がいけない。早朝鶯がしきりに鳴いているが、もしカラスが大口開けて、「ホーホケキョ!」なんて鳴いたら、さぞかし人気が出るだろうと夢想した。明日から4月、新年度の始まりである。僧堂も夏時間帯になり、起床から全てが早くなり、一つの節目である。
2009年03月28日
行列
関東から中部地方へやってきて直ぐ思うのは、電車などに乗るときの行列のいい加減さである。一応並んではいるがいざ電車が入ってくると、それまでの行列は何の意味もなくなって、てんでばらばら我先に乗り込む。酷い人になると最初から列にも並ばず、何となく列の周辺にうろうろしていて、いざ電車が入ってくると、強引に先頭へ割り込んで平気な顔して座席を確保している。首都圏ではこんな事は絶対無い。もしそんなことをすれば途端に文句を言われてしまう。兎も角行列は整然と然も順序違えず粛々と進まなければならない。これ常識!ところで、この習慣、首都圏方式の良い方の習慣、に慣れている私は、昨年ロンドンとカンヌへ行ったとき、習慣の違いに驚かされた。ナショナルギャラリーで日本語版の解説機を借りようと受付の所へ行くと、10人くらい人が群がっている。私の順番はどうなのかときょろきょろしていると、そのバラバラに群がっている人達は、自分は誰の後なのかを承知しているようなのだ。カンヌでタクシーを待っているときもそうだった。みんなバラバラに立っている。それでいながら順番は決して乱さないのだ。これはどういう原理なのか現地の人に聞いてみた。つまりこういう事なのである。そのバラバラの群がりに着いたら全部の人の顔を先ず覚える。そうすれば覚えた人がすべて居なくなった時が自分の番と言うことである。そんな余計な神経を使うなら、整然と並ぶ首都圏方式の方が便利で良いではないかと思うが、ヨーロッパではこの方式が伝統だというのである。お国柄が違えば習慣も違うわけで、文句を言う筋合いではないが、兎も角勝手に割り込む中部方式は頂けない。「・・・そんなに急いでどこへ行く」である。
2009年03月26日
縁を択ぶ
出会いというのは誠に不思議なものである。例えば夫婦などでも、地球上にいる60億人の中で、男女が特定の人に出会う確率は30億分の1、しかも1年365日の内の1日のある時期を二人が共にしたと言うことだと考えると、これは偶然というより出会うべくして出会った、必然と言えまいか。これは数字上のレトリックではあるが、何となく頷いてしまう。向こう側とこっち側の双方がたまたま歩みよって出会ったと言う見方もあるわけだが、「類は友を呼ぶ」なんて言葉もある。お互い出会う運命にあったのかも知れない。人と人が出会って人間関係が出来る。状況的にはどうあれ自分がこんな風に生きてきたから、あの時あの人と巡り会えたのだと思うことがある。唯識では人が幸せになる3つの条件は、縁を択ぶ・縁と成る・縁に感謝という。良き縁に巡り会えることは、その人の一生の財産である。そのためには相手に対しても自分が良き縁となるような人間になっていなければならない。自分ひとりの力などたかが知れている。身に余る良き縁に支えられ、何とかやって行けるのである。そう考えると、人間関係も更に良好に保てるのではあるまいか。春は出会いと別れの季節、今を一層大切にしたいものである。
択
2009年03月25日
WBCテレビ観戦
お彼岸を過ぎると急に春めくというが、今年は彼岸が過ぎたら急に寒さがぶり返してきた。却って2月~3月上旬までの方が温かかった。一応日中13度まで気温が上がったが空気が冷たい。それにしても昨日のWBC二連覇は興奮した。私は自室でテレビ観戦だが、あのひやひや感はとても一人では耐えきれず、途中でスイッチを切った。しかし気になるので、暫くしてまたスイッチをいれて途中経過を見る。この繰り返しで、9回に追いつかれたときは、「ダルビッシュのバカ~!」と、思わず叫んでテレビを再び消した。こうなると怖いもの見たさで、スイッチを入れては消しの繰り返し、我ながら小心振りに呆れかえった。旨いことに丁度スイッチを入れてるときにイチローの勝ち越し打、これで安心と、勝利の瞬間を見届けることが出来た。そこで思ったのは、ひとりぽっちと言うのは、何事につけても辛いものだと言うことである。同じハラハラドキドキでも、仲間が居れば全体に薄まって、ひとりで全部を背負い込むことはないわけで、だからワイワイガヤガヤやっている内に済んでしまう。ふっと、小さい頃の事を思い出した。兄弟で良く将棋を指した。兄は年が上だけあって当然強い、こちらは負ける。そうなるとはなはだ面白くない。そこで形勢不利、王様が取られそうになると見るや、いきなり将棋盤をひっくり返して終わりにする。兄は腹を立て、取っ組み合いの喧嘩が始まる。そう言うときはいつも母に、「喧嘩するくらいなら将棋は止めな!」と言われていたことを急に思い出した。負けるのが大嫌いで、幾つになってもこの性格は治らず、WBC観戦でも危なくなるとスイッチを切るという、変な行動に出たのかも知れないと思った。
2009年03月24日
のら猫
うちの寺にも専属の真っ黒な、のら猫が隠寮の庭に住み着いて、つくばいに水浴びに来る小鳥を捕まえてはむしゃむしゃ食っている。堂々たる態度で、私が側を通ってもびくともしない。まるで我が寺の主である。市内には相当数の、のら猫が神社仏閣、公園や駐車場などを住処にして居る。それに毎朝餌を遣りに来る人が居るから、野良とは言え餌に困る猫は一匹もいない。それどころかどっさり余ったキャットフードがそこいら中に氾濫して、雨でも降ろうものならぐちゃぐちゃになり、腐敗して側を通るのも憚られる。餌をやる人は動物愛護精神で良いかも知れないが、後始末は誰がするのかである。やりっ放しで、後片づけまできちんとする人は誰もいない。こうなると公害である。犬でも猫でも自分で最後まで責任を持って飼うというのは、それ相応に大変な労力が居る。そう言う一番手の懸かる部分はカットして、餌だけやって動物を可愛がっているなどと思われたのでは周囲は堪ったものではない。こういう身勝手さが、至る所に溢れているのが現代社会である。電車の通路にしゃがみ込んで、むしゃむしゃパンを囓っている高校生などもこの類で、脳みそは2,3歳児だ。公共の場では、してはいけないことが自ずからある。とまあ、こういう文句をやたら言いたくなるのも老人になった証拠かも知れない。若者を捕まえては説教を垂れる、これも公害か!
2009年03月22日
指導者
塩野七生著、「ローマ亡き後の地中海世界」の中に、こういう一節がある。『指導者として不可欠な条件は先ず第一は「力量」、次は「運」、最後は「時代が求める人材」であるかどうかだ。』と、歴史家マキアヴェッリは言っているそうだ。これは何も千年も前の話ではなく、今日でも言える。力量不足の者が指導者になると下に付く者は泣く。では力量さえあれば良き指導者として大いに活躍出来るかというと必ずしもそうではない。運も実力のうちなどと言うが、確かに運の悪い者は駄目だ。さらに、その時代が求めるものとぴったりマッチしているかも重要な事柄である。必ずしも本来のものとは違っていても、時代の機運とフイットしていなければ受け入れられない。しかし全て備わっている人は希で、大抵はこの内の一つでもあれば結構良い指導者だと言われる。そこではたと自分はどうだろうかと考えた。認め難いのだが、見事に全部無い。な~るほど、と合点した。ところが私は素直じゃないから、文句の一つも言いたくなる。まっ、力量の点は別にする。また、運が良いとか悪いとかはどうしようもないことだから、これも別にする。三番目の時代が求める人材と言う点だが、ローマ亡き後の地中海世界の良き指導者という事ではその通りかも知れないが、伝統の修行を継承して行く我々の場合は違う。時代が求めることに抗う人材でなければ、役目を全うすることは出来ないと信じている。
2009年03月20日
瞑想
「瞑想はあの世との交流」、目を閉じて静かに考え、現前の境界を忘れて想像を巡らすことである。今日は春彼岸の中日、朝からひっきりなしにお墓詣りの人達がやって、境内も賑やかなことだ。うちの寺には一般在家のお墓はないのだが、山内寺院の墓地が西側裏にあって、そこへお詣りに来るのである。少し風は強かったが、朝から晴れ上がり、お詣り日和であった。さてお墓詣りは先祖との交流だが、瞑想も先祖との交流である。だから我々のように日々坐禅を組んで瞑想している者は、毎日先祖にお詣りしているのと同じである。これで良いのは、目前の利害損得から離れ、客観的に自分のありのままの姿を見ることが出来ることだ。私たちの日常は如何に身びいきなことか、自分の嫌なことには目をつぶって、手前勝手、自分に都合の良いように思いたがる。我が身の真実を見ることは実に苦々しいことなのである。坐禅を組んであの世と交流すると、そんな現世の有象無象などすっ飛んで、素直にものを見ることが出来る。まっ、坐禅の本来的意味はそれとは少し違うのだが、副産物としてこういう事もあるというわけ。と言うことは現代人は日々の忙しさに紛れて、自分をじっと見つめることを殆どやっていないということである。ここが一番問題で、だからせめてお彼岸にお墓詣りして、先祖と向き合い自分を振り返るのである。
2009年03月18日
鶯の初音
2,3日前から庭で鶯が鳴き出した。早朝、一斉に小鳥がさえずり、その中で、ほ~けきょ!と不完全な鶯の初音は早春を実感する。今年は異常なほどの温かさで、早や梅は散り果て、ぼつぼつ桜が咲きそうな雰囲気である。良く、梅に鶯と言うが、あれは梅に鶯色のメジロが本当で、ついこの間まで満開の梅にメジロが盛んに飛んで来ていた。多少の違いはあっても季節は着実に変化し、もう彼岸入りである。朋遠方より来たるまた楽しからずや、と言うが、久しぶりに会って食事でもすると、お互い元気で頑張っている様子が分かって、楽しいものである。人間の一生など飯のうわばの湯気のようなものではかないのだから、せめて生きている間だけでも、楽しい気持ちで居たいものである。今日の新聞に、高齢ドライバーの事故が多いため、免許を返納した人には特典制度を設け、事故防止に努めていると言う記事が載っていた。対象年齢は65歳以上という。それじゃ~私もその中に入っている。とまあ、何かと老人はあっちこっちに迷惑かけているわけだ。ついこの間も往復4車線の道路を逆送している車を見かけた。運転者は矢張りお年寄りだった。自分だけは何時までも若いつもりでも、立ち居振る舞い、動作一つとっても、確実に衰えている。部屋でけつまずいておっとっと、と言っているうちは良いが、外で端に迷惑かけるのは注意しよう。
2009年03月16日
検査狂
今日は3ケ月に1回の血液検査の日である。2,3年前から、中性脂肪がやたら高いので、薬を飲んでいる。欠かさず飲んでいるのに一向に下がらない。ある時、バナナダイエットが良いと聞き、即実行!3ヶ月やって検査したら、何と劇的に下がった。まっ、ダイエット効果は全くなかったが、兎も角永年の懸案が見事一つ解決したのである。で、バナナダイエットは止めた。これは朝、腹が減って堪らない。それから3ケ月、今回の検査となったのだが、見事クリアーした。空きっ腹のバナナダイエットはもうやらなくとも、良く成ったというわけである。原因は猛烈な運動である。この間見た「ためしてガッテン」のゆっくり運動後に、何か運動をすると、抜群の効果を発揮するというのを、実行してみた。確かにこれは良さそうだが、きついのなんのって、とてもじゃないがやってられない。しかし理屈はよく解る、運動を始める前に、まずは体のスイッチを入れ、その後運動すれば何倍も燃焼効率が良くなるといわけだ。ろくな物を食っていないのに、中性脂肪が高くなったり、胴回りが95センチだったり、肥満体質なのは、ひとえに飢餓スイッチ故である。さりとて僧堂内では食事は決まっているので、どうしても含水炭素に偏り勝ちになる。というわけで、今日もふらふらになるほど運動をする羽目になり、検査狂になると言うわけである。
2009年03月15日
入門
今朝、僧堂時代の先輩の娘さんが尼僧になって、尼衆僧堂に掛搭した。娘の入門を見届け、母親がその足でお寺に挨拶に来た。既に前からこの日のことは伺っていたので、取り敢えず無事に入門を果たし安堵した。数年前、師匠である父親が他界し、いろいろな事情から、急遽勤めを辞めてお坊さんになったのである。この父親は所謂酒乱で、随分周囲を困らせたものである。郷里へ帰って、縁あって空き寺に入り、その後家庭を持ち3人の子供にも恵まれた。そんな風だったから、さぞや家族の者は困り果てただろうと伺うと、40半ば頃から急に性格が変化して、実に良い和尚さんに成ったと言うのである。あることが切っ掛けとなりガラリッと変わって、多くの信者さんから慕われ、ためにお寺も栄え、ますます隆昌だという。若い頃を知っている者は、以後悲惨な人生を送ることになるだろうと思っていたから、何と何とこれにはビックリである。ここで思うのは、瓢箪から駒が飛び出したわけではなく、彼の心の深みに、人を引きつけて止まない、温かなほのぼのとした境界が潜んでいて、それが時宜を得てほとばしり出たのではないかと思う。人は諦めてはいけない、時節因縁熟すれば、いつかは花咲くときがやってくるのだ。
2009年03月14日
孤独なハチ
昨夜から降り続いた雨が午前中断続的に降り、午後になって薄日が差し込んできた。今日は把針灸治で、朝から全員外出、訪れる人もなく、し~んと静まりかえっている。こういうときは、いつも人の出入りの激しい台所にいるハチはとても寂しがる。で、用事で側を通ったら、つまらなそうに丸くなって寝ていたハチが飛び起きて、きゅんきゅん鳴いて、散歩に連れてってとせがむ。つい情にほだされ、まだ小雨の降る中、近くの公園まで出掛けた。こういうときは生き生きとして、いかにも嬉しそうに草むらに顔を突っ込んでは臭いを嗅いだり、オシッコを引っかけたり、「たのし~な~!」と、ハチの背中が語っている。30分ほどで帰り、タオルで濡れた体を拭いてやり、少しドッグフードをやった。あっという間に食べ終わり、今度は側のゴミ入れに顔を突っ込んでガサゴソやっている。底をよく見るとドッグフードが一粒在った。犬の嗅覚は一万倍、改めてハチのピンク色の鼻を眺めた。今日は総帰錫の日、全員揃って明日からは小接心、1ケ月半の制間も終わって、いよいよ夏安居の始まりである。矢張り僧堂はぎっしり行事が詰まって、時間に追われながらの方が張り合いがあって良い。
2009年03月13日
クリック一つで全てパー
今月は2日より快調なペースで連日ブログを続けてきた。昨日ついにネタ切れで断念、しかし今朝からまた意欲満々、すっかり書き終わって読みかえし、ばっちりこれでOK,クリックした途端、全て消えて無くなった。無意識のうちにおかしな所をクリックしてしまったようだ。機械ものはこれだから嫌だ!数時間後、心が落ち着いたところで再度挑戦。さて二人の知人に相次いで孫が生まれた。二人とも第2子のためか、落ち着いたもので、嬉しさを奥歯で噛みしめているようだった。一人の方の赤ん坊は、どうもおとなし過ぎるというので医者に診せたら、細菌感染だったそうで、急遽二週間の入院、事なきを得たそうだ。赤ちゃんは喋れないから、周りで察してやらなければならず、しかも早く異常を発見しなければ手遅れと言うこともある。更に日々の世話も、おちおち休むことも出来ないほどである。幼稚園に上がるまでの一番手がかかる時期のことは、子供本人は殆ど覚えていない。だから反抗期には、「頼みもしないのに、勝手にうみゃ~がって・・・。」と、言う。映画監督の新藤兼人著「いのちのレッスン」に母親の想い出が書かれている。「・・・私が母のことを思うようになったのは、50歳を過ぎてからである。・・・」と言う文章で始まる一節は胸を打つ。「・・・町で生まれた女性が田舎の百姓の家に嫁ぎ、三度の食事の支度の合間に、目もくらむような広さの田圃へ出て、鍬で何万株という稲の株を、一鍬一鍬起こしてゆく。それは気の遠くなるような大変な仕事だったが、当たり前のこととしてもくもくとやる。・・・このお母さんのエネルギーを私も受け継いでいるのだ。こう思えばどんなことにも絶えられる気がした。私はお母さんから力を貰って生きてきたのである。・・・」まだ文章は続くのだが、親孝行と一口に言っても、手みやげぶら下げて訪ねれば済むという話ではない。90歳を超して尚、映画監督として活躍されている姿は敬服する。そのエネルギーを母親から貰ったのだと断言する新藤兼人さんは凄い。こういうのを本当の親孝行というのである。ところでだが、間違えてもパソコンは書き直せるが、人生は書き直せない。
2009年03月11日
ケア・ハウス
近頃まるでホテルのような豪華なケアハウスをコマーシャルで見る。広々とした庭園、ホテルのレストランのような食堂、更に温泉付きで、中では楽しいサークルが沢山あって、好きなことをして悠々自適の余生を送る。親に早く死んで貰いたいと思ったらこういう施設に入れるのが一番だ、と言っていた人がある。一見この世の極楽に見えるが、極楽ぐらい退屈なところはない。人間心の張りを失ったら、もう後はお迎えを待つのみである。そう言う空気の充満しているところでは、とても豊かな心で暮らせたものではない。ある人が、知り合いでそう言う施設に夫婦で入っている方を訪ねたそうだ。帰ってからの感想で、「儂はそんなところ真っ平だ!体の動く限り働いていたい。」と言っておられたが、当にその通りである。一般には極楽往生を願うが、苦しみが無くなったら人間生きてる甲斐はない。困難があるからそれを克服しようと努力し、生き甲斐もそこから生まれる。だから地獄が一番住み心地が良いのである。まっ、地獄ばかりで、全く極楽のない日々も堪らないが、苦楽は程良く混ざり合って、照る日曇る日、そう言う中で一生懸命に生きる姿こそ人間なのである。サラリーマンの場合は定年があるから働きたくとも働く場がないということもあるので、この辺が大変難しいが、しかし何事か社会の中で苦楽し続けることは大切である。人によって生き方の違いもあるので、道は一通りではない。兎も角緊張感を持続することが肝心だ。張りが無くなったら魂の抜け殻になってしまうではないか。
2009年03月10日
葬儀
今日は友人のT老師のご母堂さんが94歳で亡くなられ、その葬儀に出掛けた。彼とは年齢も一緒、師家に成ったのもほぼ同時、雲水時代お互い評席をしていた頃からの付き合いである。彼は養老のお寺出身で、お師匠さんは、我々の教区の所長をしておられたこともあって、随分お世話になった。それやこれやいろいろな縁で、今日の葬儀に招かれたという訳である。師匠が亡くなって独りぽっちになってしまった母親を、自分の寺近くに呼んで、爾来10数年親身にお世話していた。ふっと、雪峰禅師を思い出した。雪峰さんも自分の寺近くに母親を呼んで、親身にお世話されたという。禅僧は元来独りぽっち、文字通り出家なのだから、世俗の縁などないものなのだが、両親は別である。近年は殆ど自分を息子と認識することも出来なくなったと、ついこの間聞いたばかりだったが、良くぞ長い間お世話したものだ、頭が下がる。私も10数年前、93歳の母を亡くした。亡くなる2,3ケ月前までしゃきしゃき元気一杯だった。気丈な母で、自分の葬儀の段取りまで、私にいろいろ指示していた。面白かったのは、お通夜の話で、夕方お詣りに来る人はお腹がすいているから、近くの餅屋の豊月堂にお赤飯を頼むこと、その際色は余り真っ赤なご飯ににしないこと、少し抑えめがよい。「早速手金を打って置いた方が云いかね~どう思う?」「いくら準備万端怠りなくでも、それはちょっとやり過ぎじゃないの」「そうかね~、止めて置いた方が良いかい。」実際亡くなって通夜の時、お赤飯を出したかどうか、忘れてしまったが、T老師のお母さんも私の母も長寿だったので、遺影を見ている内に母を思い出し、胸が詰まる思いだった。
2009年03月09日
Windows Vista
先日、漢太郎のためにわざわざ雨の中、うちまで来て頂いたと云う話を書きましたが、専門家の意見によれば「ビスタ」は不完全な部分があって、評判すこぶる悪いそうだ。その人も発売されたとき直ぐに購入したが、今では使っていないと仰る。沢山の機能を盛り込みすぎて、ためにトラブルがしばしば発生すると言うことである。それを知っていれば買うんじゃなかったと、今更思ってももう遅い。機械ものは何でも新発売品が良いとも限らぬと云う典型である。昨年暮れ、テレビの調子が悪くなったので出入りの電気屋さんに修理を頼むと、間もなく地デジになりますから、この際薄型に買い換えたら如何でしょうかと奨められ換えた。こっちの方はパソコンと違って、画面は綺麗だし機能的になったし、大いに満足している。で、思うのは、パソコンソフトに関しては、世界的な激しい競争のため、良く検証もせずに見切り発車のように発売されていると云うことである。私のように機械に疎い者は、なるべく原始的なものの方が良い。前のパソコンは親戚の者へやってしまったので、今更返してとも言えぬ。とほっである。携帯などでもそうだ、備わっている機能の殆どは使いこなしていない。使わない機能も値段の中に入っているのかと思うと、何だか損した気になる。兎も角機械ものは複雑になるばかりで、これから老いる一方の我々にとっては、何が便利で何が不便なのかさえ解らなくなってきた。
2009年03月08日
駐車場
市内の住宅街ではやたらミニ駐車場が目立つようになった。まるで虫食いのように、家が取り壊されたなと思ったら、跡地は大抵駐車場になる。中には周囲の家がどんどんなくなり、ついには1軒だけ残してぐるり全て駐車場、つまり駐車場の中に、ぽつんと家が建っているという具合だ。お前の家もいずれ壊すぞと脅迫されているように見える。おばあさん一人で住んでいる家でそう言うところがあるのだが、何だか気の毒になる。地主としては住宅として貸すより、駐車場の方が、ややこしい問題も起こらず実入りも良いというのが原因である。近頃ではこれが行き過ぎて、空き駐車場や値下げ競争が始まったりということで、難しくなってきた。かく云う私の処でも、住宅地として貸していたところが戻ってくると、駐車場にする。いくつかある中では、借り手がなくて税金を払うだけでやっとと云うところさえある。銀行系列の不動産屋に全てお任せしているので、直接関わることはないが、担当の人からいろいろ報告だけは受ける。世間で金を稼ぐのも容易なことではない。一昨日、めがねのフレームが壊れたので眼鏡屋に行った。3時間ほど預けたら元通りに直してくれた。料金は?と尋ねたら、結構ですと言われた。何だか申し訳ない気がした。全国チェーン店で、ついこの間不景気ですから、何とか地料を負けて下さいと行ってきた店である。うちの担当の人に相談したら、その会社の業績はすこぶる良くプラス成長が続いているという。負けるどころか値上げしたいくらいですと云われた。まっ、そこの店に限って云うと不景気なのかも知れませんが・・・。と言うことで、本日は誠に下世話な話ばかりで、お前はそれでもお坊さんか!と叱られそう。
2009年03月07日
限界点
このところ妙にくしゃみが出たり目がしょぼしょぼしたり、更に眉間の辺りが鈍痛、頭全体が何となく重たい感じになってきた。以上を総合的に判断すると、花粉症の人から聞いた症状にぴったり当てはまる。これはお伊勢さん詣りから帰って途端に出でてきた。あの時は良い天気で喜んでいたが、どうも喜べなくなった。一日中マスクをしたり、洗濯物は室内干しにしたり、外出した時は部屋に入る前に充分埃を落としたりと、対策に忙しい。私もついに限界点を超えたのであろうか。今日、明日と二日間、恒例の梅まつり、うちの寺も協賛して一般公開、朝から境内は超満員である。正面の紅梅は散り始めでやや花色もあせてきたが、それでも美しいピンク色の花が満開で、お詣りの注目を浴びている。明日は市民茶会もあって更に人出は多くなる。たった二日間だが、年一回のご奉仕である。
2009年03月06日
漢太郎
我々は時に応じて偈頌(げじゅ)と言うものをつくる。いわば漢詩である。戦後教育で育った者にはこの漢詩が大の苦手で、兎も角語録・祖録に少しでも多く目を通し、語彙を増やすことが何より肝心。人によってはその勉強がとても好きという人もあるが、私のようにちょっと苦手という者もいる。詩を作るためには幾つもの約束事があり、さらに平仄や韻をふまねばならない。ベテランは平仄などでも直ぐ解るという羨ましい人もいるが、私などはいちいち平仄辞典を繰っては、この字が平なのか仄なのか当たらなければならない。これだけでもうへとへと、頭はパンク寸前となる。そんな折り、近年漢太郎というソフトが出来、漢字を入力すると即座に平仄も韻も表示されるという優れもの。専ら便利に使わせて頂いていたのだが、最近パソコンを新調しマイクロソフトビスタにした途端、使えなくなってしまった。XP対応ソフトのため駄目なのだそうだ。そこで今日はそのソフトを開発した当人に寺まで来て貰い、使えるようにして貰った。この方は1時間くらい離れた所のお寺のご住職で、格別便宜を図ってくれたのである。いや~ありがたいのなんのって、目の前がぱっと開けて、まるで春の明るい日差しが差し込んだよう。とまあ、極めて個人的な、さでもない話で誠に失礼仕りました。ところでパソコンにウイルスが侵入するのは常識で、ノートンセキュリティーソフトで防御してはいるものの、それで充分というわけでもないらしい。そこでUSBメモリーに、失っては絶対駄目というものを記憶させた。1ケ月に一度くらいは記憶更新させて置いた方が良いという話。今まで何もやっていなかったのでこれで一安心である。いい加減固まってきた頭には、パソコン操作をいろいろ覚えるのも楽じゃない。とほっ!
2009年03月05日
お伊勢詣り
新年を迎えると必ずお伊勢さんへお詣りに出かけることにしている。但し新年早々では混雑が予想されるので、ほとぼりが冷めた頃を見計らって行く。で、今年は3月5日になったというわけである。午前9時に出立して2時間半、11時半に到着。お詣り前にまず腹ごしらへ、必ず伊勢うどんを食べる。やたら太くて柔らかい独特の麺に、本醸造仕込みの醤油をぶっかけたつゆに、ネギがパラパラとのっているだけのシンプルなもの、しかしこれが実に旨い。さてお詣りとなったのだが、何と相当な人出で、老若男女、引きも切らず数珠繋ぎに歩いている。五十鈴川に架かる木橋は式年遷宮のため目下工事中、仮り橋を渡る。いつも思うのだが参道の雰囲気はさすがお伊勢さんである。今日はお天気も良く寒からず暑からず、玉砂利のぎしぎし言う音を聞きながら歩くと、自然に心まで清められる気がする。無事お詣りを済ませお札を頂き、帰りにはいつも買う赤福を買うのを忘れて、午後3時帰山した。さて問題の赤福だが、包装紙も書体もそっくりな御福というのがある。以前猛烈なパッシングにあったのは赤福の方だったが、さてどちらが本家でどちらが真似したのか。ついこの間までは、本家が御福で真似したのは赤福と聞いたが、どうもそれは間違いで、やはり本家は赤福らしい。味も赤福の方が断然良いと言うことだ。まっ、どっちでもかまわないので、兎も角雲水に土産の赤福を買ってこなかったというのが失敗だった。
2009年03月04日
はた迷惑
年をとると誰でも少なからずはた迷惑をかけるものだ。そこで自ら悟って、或る年齢になったら、実際にはまだまだ元気ではた迷惑をかけていなくとも、一切外出は止めて引き籠もるタイプの人が居る。その反対に、既に相当はた迷惑をかけていてもいっこう気にせず、積極的に外出し、いろいろな会に顔を出したり、旅行に出かけたりするタイプの人もいる。さてこのどちらが良いのかと言うことになると、判断は一概につけられぬ。これは老人ばかりの問題ではない、若くとも、若さ故のはた迷惑と言うこともある。結局お互い持ちつ持たれつなのである。確かに前者のタイプなら、はた迷惑はないかも知れないが、一個の人間として生を全うするという点から見ると、余りにも消極的で狭い世界になりはしまいか。一切はた迷惑をかけずに生きること自体不可能なのだから。さりとて、周囲の人に世話をかけるのを当然のことのように振る舞われたのでは、周りは堪ったものではない。この辺の兼ね合いが誠に難しい。さて自分のことを考えると、我々のように定年のない仕事では、何時引退するかの判断は難しい。師家は現場監督だから、雲水と密接に関われなくなったら、そこが引き際かなと思っている。でなければ肝心な雲水が迷惑する。
2009年03月03日
行き倒れあぶら虫
典座(てんぞ・台所のこと)の相向かいに漬け物小屋・野菜小屋・道具庫が3つ連なって建っている。昨日その前を通ったらあぶら虫がつんのめっていた。羽はワックスで磨き上げたように艶々してお日様の光に輝いている。眼を近づけてよく見ると、肩で息して風前の灯火状態である。午後見ると仰向けにひっくり返っていた。行き倒れである。野菜小屋を目前にしながら、哀れ命尽きた。直ぐ近くで愛犬ハチは終日ストーブの前に毛布を牽いて貰いドテ~ッと寝ている。同じ動物でもあぶら虫と犬とではこうも違う。格差社会は人間だけではないのだ。久しぶりに裏山を歩いてきた。途中から雨と雪が混ざって降り出した。この調子で降られたら相当濡れるな~と心配しながら歩いたが、うまいことに間もなく止んだ。今日は3月3日桃の節句、帰りにちょっと寄り道して菓子屋でおはぎを買って帰り、雲水と一緒に食べた。午後は恒例の「ともしび会」松浦先生の話を聞く。信長の安土城について、1579年(天正7年)に完成して、3年後の天正10年6月15日に焼失。たった3年で焼けてしまったわけで、はかないものである。城の基壇のところには一重多宝塔が安置され、寺院形式になっている・・・云々。夜なべ仕事は来年の花園カレンダーの字書き、青少年教化協議会依頼の墨跡書き。
2009年03月02日
ピアニスト
一昨日の夜、友人のコンサートホールでピアノ演奏を聴いた。経営する会社のメセナとして、こぢんまりしているが雰囲気の大変良いホールを造り、そこで絵画展やミニコンサートを定期的に開いている。音楽もジャズからクラシックまで多岐にわたり、家庭的雰囲気の中で聞くことが出来るのは、大ホールでの演奏会と違って、良いものだ。今回はフランスを中心に活躍されている女性のピアニストで、演目はメシアンの「鳥のカタログ」、前衛音楽である。全曲では3時間に及ぶそうだが、抜粋で約2時間の演奏だった。8曲演奏の前に、映像で「キバシガラス」とか、「イソヒヨドリ」が映し出され、それから始まる。凡そメロディーなど全く無視したものなので最初面食らったが、目を閉じて鳥をイメージすると、なかなかスケールの大きい曲で、途中句読点のような旋律もあって、面白かった。演奏終了後、市内へ場所を移して、ピアニストを囲んで夕食会が催され、私もお相伴にあずかった。1歳の時から欧州に渡り、爾来20数年間パリの音楽学校で腕を磨き今日に至っているそうだ。大和撫子の溌剌として世界を股に掛けて活躍されている様子は、伺っているだけでも圧倒される。しかし思うに、猛烈な努力の割には報われないのがクラシック関係の演奏者である。別に金儲けのためにやってるわけではなかろうが、例えば僧侶の報酬と比べると、努力と金銭が必ずしも一致していない。そんな心配の一切要らない人のする、贅沢な芸術なのかも知れないが、もっと報われても良いのにな~といつも思う。私の友人でピアニストが居る。小さい頃から知っている方なので、芸大を目指して毎日何時間もピアノを弾き続けていた頃のことを思い出し、その後の人生を考え合わせると、報われないな~と思う。だから、ろくな修行もせず、居眠り半分なお経で、あつかましくお布施を頂いて平気な顔をしているお坊さんは地獄行きだな~と思う。