2009年05月29日
掃除
今日は僧堂創建の祖師、円照禅師の毎歳忌で会下の連中が沢山集まった。最近住職した若手は雲水と一緒になってお膳運びや給仕役、行事後は幕や戸帳などの後片付けも手伝ってくれ、お陰様で無事円成した。ところでこういう法要では何が大変と言って、境内の掃除が一番骨が折れる。21日に半夏大接心が終わり、休む間無く連日遅くまで掃除が続いた。一週間ほど前には檀家の人達が全山清掃奉仕をしてくれた。常識的に言えばこれで掃除は終わったようなものだが、現実はそうではなくこの日が掃除の始まりなのである。二日もすると元の木阿弥、周囲を山に囲まれ、植え込みでびっしり覆われている庭は、一回の掃除でせいぜい二日持てば良い方なのだ。だからその後、雲水だけで全山二回繰り返し掃除をした。それなら逆算して法要行事の二日前にやれば、一回で済むではないかと思われるだろうが、これが違う。同じ庭を三辺繰り返し掃き清めて、初めて美しい庭になるのである。良く地方のお寺で法要があって招かれた折り、東司(とうす・トイレのこと)を使った時必ず窓を開けて裏庭を見る。行事に合わせて間際に一回掃いたようなのは、掃かれる土の方が箒と馴染んでいないから、葉っぱは落ちていないのだが、不思議に美しくない。僧堂の庭は一年中雲水が繰り返し繰り返し掃き清めているから、たとえ葉っぱが散っていても美しいのである。
投稿者 zuiryo : 2009年05月29日 20:10