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2010年07月10日

静かな環境

うちの寺は比較的中心街に近いのだが、表通りから約百メートルほど参道があって、一番奥に位置しており、裏は山に囲まれているため静かである。ただ唯一難点は、夏の間、少し離れたホテルの屋上がビヤガーデンになり、多少ワイワイガヤガヤが聞こえてくる。以前はバンドを入れてスピーカーで騒音をまき散らしていたので猛烈に抗議して止めて貰った。その頃を思えば現在はまあまあというところである。これも夜の一時だけで、日中は静寂そのものである。菜根譚という書物を読んでいたら、こういう事が書いてあった。「静かな場所で考えが澄み切っていると、心の本当のあり方を見ることが出来る。暇なときに気持ちがゆったりと落ち着いていると、心の本当のはたらきを知ることが出来る。あっさりとして心がわだかまりなくおだやかであると、心の本当の味わいが得られる。心の鏡に写して自分の本心を見極め、真実でいつわりのないすがたを悟るのは、この三つの方法に及ぶものはない。」な~るほど!たしかに仰る通りである。しかしこういう静かな環境を得られるのはほんの一部の人だけで、隣と隣がくっつくように建っている住宅街では、とてもそんなことは無理な話である。ではどうしたら良いかだが、せいぜい休日には郊外の農村へ出掛けたり山へ行ったりして、静かなところで過ごす工夫をしてみては如何であろうか。私も嘗て暇を見つけてはよく山登りをした。登っている最中はしんどくて、何でこんな所へ来てしまったのかと後悔しきりなのだが、途中ふと佇んで静かに耳を傾けると、木々のざわめき、風の音、小鳥のさえずりなど、得も言われぬ心地になる。精も根も尽き果てて聞くこれらの音は、一層心に染みて、普段の生活では得られない貴重な瞬間である。さらに菜根譚ではこうも言っている。「静かな夜に鳴り響く鐘の音を聞いていると、夢中の夢が呼び醒まされ、澄みわたった深い淵に映る月影に見入っていると、この身以外の真実のわが身が、ほかにある事実をほのかに察知できるようだ」と。鐘の音がすっときえるにつれて心の結ばれも解けてゆく気がするのだ。

投稿者 zuiryo : 2010年07月10日 21:09

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