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2011年05月15日

緑のカーテン

この夏はついに中部圏も電力不足になりそうだという話しで、一律15パーセント節電が呼びかけられている。そこで私も酷暑を如何に涼しく乗り切るかを考え、居室をぐるり緑のカーテンで覆う事にした。例年は葦簀を日よけにかけていたが、こんな程度ではとても乗り切れない。早速日曜大工店に出掛け、ゴーヤの苗・プランタン・土・堆肥・蔓を這わせる棒と網等々、しこたま買い込んで作業に取りかかった。プランタンに土や肥料を入れゴーヤの苗を植えるところまではどうっつことはなかったが、長さ3メートルまで伸びる棒と網をかける段になり、梯子に登ると足元がふらついて危なくてしょうがない。窓枠にしがみつくようにして大汗掻きながら先ず1ケ所やり終えた。ここまででもうへとへと、第1ラウンドは終了。まだ3ケ所残っているが、本日のところはここまで。梯子に登って気が付いたのだが平衡感覚が誠に覚束ない。間もなく70歳になるが、想像以上に自分が衰えていることに愕然とした。日曜大工店に行って気が付いたのだが、今年は例年以上に植木コーナーが流行っている。今回もツタを這わせる棒が足りず、取り寄せて貰うことにしたのだが、15パーセントの節電で、皆一斉に緑のカーテンを考え出したようである。原発事故からこうなったのだが、ものは考えようで、今までのように使いたい放題より、節電を呼びかける今の方がまともなのではないかと思う。危険なことは解っていても、快適な日々を過ごすために、我々が原発を作らせていたとも言えるわけで、東電だけを責めれば済むという話しではない。自販機とパチンコを止めるだけで、もの凄い電力節約になると言う話しだが、電気は使い放題、無尽蔵に供給されるという前提で世の中が動いているのがそもそも間違いである。これを機会に一人一人が改めて、便利で快適さだけを追い求めることに猛省する必要がある。

投稿者 zuiryo : 2011年05月15日 16:38

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