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2011年06月10日
愛犬家
小川洋子いう作家をご存知だろうか。数学を小説にしたり、博物館をめぐる不思議な物語を書いたり、文章の切れ味も良く、注目している作家の一人である。この人がときおり随筆を新聞の文化欄に寄稿している。今日の、「月夜の散歩を老犬と」には、ハチのことを想い出した。小川氏の愛犬ラブは14歳を迎える老犬で、『…最近特に何かを哀願するようにかすれた声を響かせる。独りぽっちにされると途端に鳴き出す。側に行って撫でてやると落ち着きを取り戻し、うとうとし出す。やれやれこれで安心と二階へ戻ろうと立ち上がりかけると、前足をぴょこんと膝の上に載せ、「どこにも行かないで…」という目でこちらを見つめる。それからふとラブの死ぬことを考えたり、「いいや、違う」、何度も自分に言い聞かせ、犬を可愛がって、慈しんで、一日でも長く一緒にいられるように、ただそれだけを心の底から願うことが出来ればいいのに、残念ながら人生はそう単純に出来ていない。「生きるってことは、平和なもんじゃないですよ」と哲学者スナフキンも言っている。さて夜泣き防止に一番効果があったのは、寝る前にもう一度散歩することだった。夜の10時過ぎ、住宅街を一緒に歩き、公園の植え込みをクンクンする。月だけが私達を見守っている。散歩に出ると、普段と違う暗闇に畏れることもなく、元気に歩いた。もう既に颯爽と歩くことが出来ず、後ろ足をよろよろ引きずっているラブに向かって私は言った。「撫でることで少しでもお返しできるのなら、いくらでも撫でてあげるよ」耳の遠くなったラブは、私の声に気づきもしないまま、ただ月を見上げるばかりだった。』以上抜粋して文章を転載させて頂いたが、読みながら、ハチとの15年5ヶ月が地の底から立ち昇るように蘇ってきた。
投稿者 zuiryo : 2011年06月10日 21:26