2012年04月21日
真似乞食
私は30年来書道の先生についてずっと稽古をしている。瑞龍寺に住職して間もなくある信者さんから墨跡を書いて欲しいと頼まれた。一応押す印はこちらへ転住した折り、鎌倉の友人が勿体ないような上等な印をプレゼントしてくれた。これからは墨跡を書く機会もあるでしょうから、その時にどうぞお使い下さいという温かい気持ちである。押す印はそれで準備は整っているのだが、墨跡を書くのは生まれて初めてである。早速紙屋へ行って半切を購入、いざ墨をすって何枚か書いてみたのだが、これが酷いの何のってとても見られたものではない。ましてや他人様に貰って貰えるような代物ではないのだ。しかし一端引き受けたからには出来ませんでしたと言うわけにも行かず必死な思いで何枚も何枚も書いた。書けば書くほどへたっぴ~で本当に困り果てた。仕方なく少しましなのを一枚選び出し差し上げた。爾来墨跡が頭痛の種になった。そんなある時、信者さんの家にお邪魔したとき、床の間に立派な書が掛けたあった。「これはどなた様のですか」と、お尋ねすると、高名な書道の先生の書かれたもので、この先生に家に毎月来ていただき、仲間数人と稽古をしていると言う。早速私も仲間に入れて貰うことにした。これが縁でずっと稽古を続けている。書道の基本は先生のお手本をひたすら真似ることである。我流はいけない、自分を無にして忠実に真似をすることが稽古なのだ。私はそれを30年間続けてきたので、今では先生も感嘆の声を上げるほどそっくりになった。半切を2枚書いて貰い、それを横に置いて私が書く。そっくりなんてものじゃない、瓜二つなのである。だから書き終わったら先生のお手本の落款の下に四角いマークを付ける。そうしないとどっちがお手本か解らなくなるからだ。このように真似も永年続けると真似力がついてくる。ところが困ったことになったのだ。今度は何をしてもすべて真似てしまう癖が付いてしまった。10年ほど前から絵を始めた。スケッチへ出かけると、必ず先生の右後方に位置を決める。まず鉛筆でざっとアウトラインを決め、それから精密に書き上げて行くのだが、私は肝心の景色の方は全然見ずに、目は先生の手元から離れないのだ。先生がぴ~と書くと同時進行で私もぴ~と書く。絵の具で彩色する場合も同様で、ぺっぺっと先生が塗るとすかさず私もぺっぺっと塗る。だから出来上がった絵は先生とそっくりになる。真似力も時と場合で、スケッチの真似はいただけない。しかし30年真似のキャリアは染みこんでいてどうしてもそうなってしまうのである。いかにオリジナルの絵を描くか、これが目下私の一番の悩みなのである。
投稿者 zuiryo : 2012年04月21日 14:54