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2012年08月18日
根気
私は小さい頃からいつも母親に、「お前は良い子なんだけれど、何をしても続かず、直ぐに止めてしまう。これが欠点ね」と言われていた。確かにその通りで、そろばん塾・絵画塾・書道塾・英語塾、等々随分塾通いはさせられたが、暫くするとなんだかんだと言っては止めてしまった。だから18歳の時、突然お坊さんになると言ったときは、この子はまたしばらくすると、「もうあやめた!」と言うのではないかと随分心配したようである。お陰様でお坊さんだけはこの悪い癖は出ず、もう50年以上も今なお続けている。私が唯一母親孝行と言えるのは、途中挫折せずこうしてお坊さんを続けていることである。長い間僧堂にいて、本当に沢山の人を見てきた。この男はきっと将来立派な禅僧になるだろうと思っていたのが、あっという間に何の変哲も無いお坊さんに成ってしまったり、又その逆もある。この違いは何なんだろうと考えることがある。理由はいろいろあるだろうが、はやり一番は根気ではないかと思う。たとえ愚鈍でも地道にこつこつ続けて行きさえすれば何とかなる。会社勤めの競争社会ではそんなわけに行かないかも知れないが、自分自身の内に向かって極めて行く修行の場合は、常に相手は自分なのだから、根気が一番なのだ。却って特別な才能などない方がいい。自分はバカだから人一倍努力しなければならないと肝に銘じて、賽の河原の石積みの如くこつこつ根気よく努力し続けること、これに勝る才能は無い。
2012年08月17日
親の恩
今月に入って鉄蔵から始まり、隠寮各部屋の押し入れ戸棚タンスなど、この際徹底的に整理しようと思い立ち、この暑さの中雲水と共にやってやってやりまくった。まあ、出るわ出るわ、良くもこんなに不用な物を抱え込んでいたのかと我ながらあきれ返った。殆どが今では使わない物になってしまったので処分するわけだが、箪笥の中から腰紐が沢山出てきた。布製と毛糸の物がきちんと糸でくくってありビニール袋に整然と畳まれていた。又綿がたっぷり入った白のデンチ、紺色の夏作務衣等々、いつ母がこんなものを作って箪笥に入れて置いてくれたのか全く知らなかった。元気だった頃は春秋の季節の変わり目にやってきては、箪笥をすべてひっくり返して、綻びを縫い次の季節用に入れ替えてくれた。いつも1週間ほど掛かってやっていたが、その間何処へ出かけるでもなく、終日窓際に座り込んで飽きもせず繕いに明け暮れていた。終わると、「じゃ、帰るわ!」と言って、さっさと神奈川の家に帰っていった。「お寺は静かで良いわね~。どう、この緑の綺麗なこと!私この景色を目に焼き付けておくんだわ」。そう言って、私の寺にやって来るのが唯一の楽しみのようだった。晩年は岐阜へ出かけることも出来なくなり、私の箪笥を綺麗に整えてくれることもなくなって、あっという間に亡くなった。それから早や十数年が経った。久しぶりに箪笥を自分で整理しながら、母の思いがこみ上げてきて、ぽたぽた涙がこぼれた。生前は一言の礼も言わずに、全部当たり前のことと思っていた。墓に衣も着せられず…と言うが、本当にそうだな~と、親不孝を改めて知った。
2012年08月11日
蔵掃除
通称「テツクラ」と言っている鉄骨製の蔵がある。何十年間一度も掃除や整理は行われず、新たに一応保管して置いた方が良いかなと思われるものを次々に押し込んできたものだから、蔵全体が物で埋まり一歩も入れない状態になってしまった。先代さんの時からの物も多くあり、処分して良い物やら判断が付きかねていたので、このようになってしまったのである。そこで今回思いっきり不要な物はすべて処分、大切な物だけにしたら、出るわ出るわ大型トラック1杯分にも成った。中にはどうしてこんなガラクタを後生大事に仕舞っておいたのか頭を傾げる物まであり、全員ほこりまみれになって片付けた。くだらない物が次々に出てくると、ぽいぽいホカルモードにスイッチが入ると、ろくに見もせずホカルことになる。中にほこりまるけになった抹茶茶碗が出てきたので、どうせ捨てるのならお茶をやっている人にでも差し上げたら喜ぶかも知れないと見て貰ったら、「了入」の楽茶碗だそうで、これは頂けません、大切に保管して下さいと言われてしまった。お宝発見というわけだ。一端そうなると俄然欲が出てきて、ほこりまるけの茶碗類はすべてほかるなと命じた次第。この酷暑の中ほこりにまみれ汗にまみれ、全身泥水をかぶったような有様。しかしはたきを掛け雑巾掛けをした後の蔵の綺麗なことと言ったらないのだ。気分が良いことこの上なし。身も心もすっきり爽快な気分になった。