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2017年10月16日

坐禅

現在では坐禅というと立派な禅堂や本堂などで、専用の坐禅用布団に坐って行うというのが普通だが、嘗ては坐禅は白骨累々、腐敗した死体が散乱し、遺体を野良犬や鳥がついばむ、時には盗賊のねぐらになるような場所で行われていた。瞑想のために最適な場所としてこのような墓所に集まった。ブッダも六年間の苦行生活は想像を絶する過激なもので、毒蛇や野獣の棲む森で、断食・断水の苦行をされた。白骨累々の墓地で坐れば、人は嫌でも死をリアルに実感する。まあ、それを現代社会でもやれとは言わないが、何もかも整えられ、用意された場所で坐るのが坐禅だと思っていたら、それは大間違いだと言うことである。大切なのは精神で、その気になればどこでも坐禅は組める。私は旅行で宿に泊まった時は、宿の座布団を使って壁に向かって坐る。たとえホテルでも、枕を尻に当てて坐る。坐ればたちまちそこは禅堂になる。最初申し上げた白骨累々の場所でなくとも、心さえあれば無の境地に至ることができるのである。

投稿者 zuiryo : 2017年10月16日 13:46

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