江戸期の人々の死生観について、様々な記録からみると、現在の我々とは相当異なっていたことが分かる。幕末の人々は死をいたって気軽なものとみなしていたようである。当時の欧米人の証言によれば、葬列は陽気な気分がみなぎっていたと言う。また死罪に処せられた女でさえ平然としていたと書いている。日本人は火事で焼け出されてもニコニコしていると評判だったようだ。それが立派だというのではなく、また善し悪しの問題ではなく、現代人の我々にはもはや無縁となった、近代以前の心性の問題なのである。これは一つには、背景に当時のライフサイクルがある。十七世紀の平均余命は三十歳そこそこ、十八世紀で三十代半ば、十九世紀に入り三十代後半である。また幼児死亡率の高さは出生時十人の中、六歳に達するのが七人以下、十六歳まで生存できるのは五,六人に過ぎなかった。平気寿命が短かっただけではなく、人間いつ死ぬか分からないというのが当時の実感だったのである。人は植物が枯死するように、従容として死を迎えるというのが普通だった。「いつ死んでもかまわない」と思っていて、あっけらかんと明るいものでさえあったようだ。
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