第四回 旦過詰(たんがづめ)

 午後三時半頃になって漸く、「どうぞお上がり下さい。」と言う頭上から声。ほっと息を付いた。長かった庭詰の第一日目が無事済んだという安堵で、体からふーと力が抜けて行くようだ。用意して呉れた、たらいで洗足を済ませると、係の雲水が袈裟文庫を持ち、「どうぞこちらへ」と案内する。通された場所は不二庵と書かれた八畳程の部屋であった。
 早速袈裟文庫を壁に立て掛け、対面するように坐禅を組んだ。庭語という変則的な格好から開放されて、自然な形で坐れることの有り難さが身に泌みる。暫らくすると柝(たく)がカチーンと鳴り響き、薬石(やくせき、夕食)の合図である。大勢の雲水の末席に並んで、見様見真似の作法でどうにか雑炊をいただいた。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所

 それが済むと再び部屋へ戻って坐禅を組む。ここでは電気を燈すことは許されず、暗がりの中、ひたすら壁に向き合って坐り続ける。終日の低頭で体中が痛み顔も足も腫れぼったい。やがて気持ちが落ち着いてくると、頭のなかでは今日までのことが走馬灯のように駆け巡り始める。諸縁放下が修行の大前提であり、これなくしては何一つ成り立たない。従って庭詰も旦過 詰も気持ちの区切りを付ける上で重要な関門であることは間違いない。ところが理屈では解っていても本音の処ではなかなかその通りにはい かぬ。
 午後八時、雲水が「茶礼(されい)」と言って赤盆に番茶と投宿帳を持って入って来た。提燈 (ていてん)の明かりでかろうじて授業寺(じゅごうじ)姓名などを記帳する。またしばらくして今度はたった一枚きりの蒲団が運び込まれ、「九時解定(かいちん、就寝の事)になったら寝なさい。」と言われた。
 翌朝午前三時半起床。一日の行事は本堂での 朝の勤行から始まるが、私の方は七時半頃になって「どうぞ御随意に出立を。」と追い出される。一端山門の外へ出て直ぐ折り返し、前日同様の長い庭語である。それも漸く終えた三日目からは終日部屋に籠もりきり、壁に向かってひたすら坐禅を組み続ける、所謂旦過詰が始まる。
 勤行や食事の時だけは格好を真似ながらでも皆と一緒に済ませるが、その他はまるで幽閉蟄居のように一人ぽつんと放置される。それが七日間続くわけで、これにはどうにもやりきれない。本を読んだり喫煙などはもっての外、痺れた足を崩すにも、障子の外から誰かが見ているような気配がして、寸分の油断も出来ない。まるで座敷牢に入れられたような心地である。しかしこれから始まる厳しい修行に耐えぬくには、この関門は何としてもくぐり抜けなければならないし、一度発心して郷里を出てきたからには、 おめおめとは帰れない。一大決心をして何が何でもやり抜かなければならない。これはいわば 道場の入門試験なのである。

 
 
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