ところがこういった特別措置は余程工夫しなければ許可されないのである。何とか良い人は居ないものかと思案に暮れていた丁度その時遣ってきたのが件の弁護士であった。陣頭指揮を取っていた管長さんは願ってもないことと早速事情を話し彼に協力を依頼した。即座に、「お引き受けいたします。私に全てお任せください。必ず免税措置を受けられるようにします。」太鼓判を押す勢いに皆大喜びした。直ぐ彼には妙心寺顧問という肩書きで仕事をしてもらうことになった。
私がこの時彼に会ったのはこういう遣り取りがあってから、既に何ヵ月かが経っていた。そしてその時は前述の通り茶飲み話しをして別れただけだった。その後私は道場に戻り相変らずの修行生活に明け暮れていた。当時の管長さんは道場の住職も兼務されており、何か行事がある毎に必ず妙心寺から帰って来られた。そんな或る日部屋で私と侍衣さんとで色々話すうち、あと件の弁護士のことが 話題になった。「変なことを言うようですが、どうも私はあの弁護士が胡散臭いような感じがしてなりません。」と言うと、これを聞いた侍衣さんは「お前さんはこういう山に籠もってばかり居て、世 間というものも知らないくせに何を言うか!あの人はすごいんだぞ!この間も免税措置をお願いに大蔵大臣に会いに行ったが、その時大臣の部屋に入るなり、『やあ!やあ!大蔵大臣』と言って肩を 叩き合っていたんだぞ。」「そうかなー。 私の見方が間違っているのかな?しかし何か変だ。」こんなやり取りがあってから又何ヵ月かが経ち、私は話をしたことさえすっかり忘れてしまっていた。それから暫く後、侍衣さんが道場に帰られた折りきまり悪そうに声をひそめるとこう言った。「例の弁護士な!、あれは真っ赤な嘘で、弁護士でも何でもなかったんだ。ただの詐欺師だよ。」或る日忽然と姿を晦ましたということであった。幸い大きな被害を受けることもなく、結局詐欺師としては良い餌に有り付けず、これ以上居ても無駄と諦めて退散したらしい。管長さんを始め多くの方々がまんまとして遣られたわけだ。しかし何故私だけが彼の嘘を見破れたのだろうか。
思うにこれは私が全く無欲だからである。つまり私にとっては何の利害もなく、直截に彼を見ることが出来たからなのである。人は喋る言葉の内容もさることながら、その時の音色、喋り方、顔つき、しぐさ、目の色、手つきに至るまで周辺の事柄が全て真実を語るのである。私のような一介の修行者に、言わずもがなをべらべら喋らなければいられなかった彼の心中を、期せずして私は見破っていたのだ。
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