今回の旅行でも、アイルランドの首都ダブリンへ行ったとき、ここはあの有名なギネスビールの本場である。早速街一番の美味しいギネスを出すパブに繰り込み、集合時間ぎりぎりまで粘って飲んできた。味はと言えば何だか煎じ薬のようだったが、何事もものは試しで、やってみなければ解らない。こんな些細なことでもいい経験だった。
また昨年二月には、仲間の和尚連中十一名で中国祖跡巡拝旅行に出掛けた。そもそもこの旅行を発願したきっかけは、友人のT老師が十数年かかって中国各地を経巡り、誰一人顧みられなくなった祖師方の旧跡をこつこつ訪ね歩き、克明な記録を残し、それを自主出版された。真新しい本を頂き、一気に読み進むうちに、いつか必ず私も祖跡巡礼の旅に出掛けようと思った。公案に登場する、当にその現場に佇んでみたいと思ったからである。第一回目の旅は、それはそれは印象深いものだった。このように、唯本で読むだけではなく、実際に足を運んでじかに感動を味わうことがどれほど心を刺激するか知れないのだ。一方その反対に、人から幾ら旅に誘われても、所謂出不精と言う奴で、話しに一向乗ってこない人が居る。こういう人は万事に消極的で、面倒くさがりで、益々内へ籠もるから、意欲も湧かずボケへ直行便だ。兎も角新たな事柄に絶えず挑戦して、溌刺とした気分で居ることが重要である。
脳科学によれば、脳は壱千億もの細胞で出来ており、脳は学び続ける性質があるそうだ。例えば長時間勉強をしていて、集中力もなくなってきたから、少し頭を休めようとしばしぼ〜としたとする。確かに数学の数式を思い浮かべることは止めたかも知れないが、この時にも脳の中は考え続けている。たとえ眠っているときも学び続ける。大切なことは脳には定年がないと言うことである。感動のある限り変化し続け進化し続けるのだ。無から有は生まれない。真っ白なキャンバスに突如として素晴らしい絵が生まれたり、新しい五線譜に次々音楽が生まれるなどと言うことは絶対ない。創造は体験が基礎になって生まれるのである。
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