話は変わるが、以前こんな事があった。ある寺の和尚が亡くなり、その葬儀の脇導師を頼まれた事があった。大導師は嘗て管長をされた我々の大先輩、脇導師の一人は大導師をされた方の弟子で、現在は僧堂の後を継承している。もう一人の脇導師に私が仰せつかったという次第である。通された部屋で、葬儀が始まるまでの一時、お茶を飲みながらしばし談笑した。私は既にお目に掛かったことのある方だったが、何せ嘗て管長をされた大和尚、身も縮む思いで畏まっていた。するとそのお弟子さんがお師匠さんに、恰も子供が親に話しかけるような雰囲気で、気軽にお喋りを始めた。私はその様子を脇で拝見しながらビックリ仰天した。師匠と弟子と言っても、こういう関係もあるのかと思ったからである。
私の師匠も嘗て管長をされ、退任後は隠居所で悠々自適の生活をされていた。第一線を退かれたと言っても、普通の隠居さんとはまるで違う。弟子は何年たっても弟子で、僧堂の後を継承された老師でも、ちょっと逆らおうものなら、激しく罵倒され、立つ瀬もないという事が幾らでもあった。ましてや我々のようにさらに下っ端は、顔もまともに見られないほど恐ろしい存在で、気軽く世間話をするなどもっての外、いつも下俯いて、「はっ、はっ!」と相づち打つのが精一杯だった。これが当たり前の師匠と弟子の関係と思っていたので、この葬儀の控え所での遣り取りには驚き入ったのである。
察するところ、多分この師匠と弟子の関係は、万事に先ず肯うというところから出発していると想像される。たとえ否定しなければならない場面でも、やんわりと説かれ、相手が理解し易いように懇々と話しをされるのではないかと感じた。でなければこんな自然な会話が出来るはずはない。私は此処で、生ぬるいではないかと、批判的に言う積もりはない。総ては先ず「是」から始まる間柄なのだと感じたのである。 さて私の師匠の方だが、こちらは先ず「不是」から総て始まる。様々な遣り取りでも、「そうだな~」と言う言葉を聞いたことがない。常に一方的に自分の考えを押しつけ、それが絶対だというスタイルである。確たる信念の人と言えば聞こえは良いが、頑固一徹、人の意見に耳を傾けない、専制君主的な人だった。この二人の対応の違いは一体何を意味するのだろうか。公案では、雪竇は是も錯、不是も錯と言った。南泉は、此れは是れ風力の所転、終に敗壊を成すと言っている。「章敬が是是と言ったのは、章敬の勝手じゃ。しかし貴様はいかん。三度回って錫杖をドスンと突っ立てて、反っくり返って居る。なんじゃそりゃ。その糞袋は風に吹かれて動いているだけじゃないか。やがて灰になって飛んでしまう奴じゃ。そんな糞袋をそり返らせて何になるかっ!どこに禅があるというのじゃ!」。
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