私は間もなく古希を迎えるのだが、万事この調子で、老化と日々格闘という有様である。 そんな折りテレビの番組で、近年画期的な老化予防の遺伝子が発見され、アメリカではそのサプリメントがバカ売れで、大きな話題になっているというのを知った。この方面ではアメリカが先端を行ってるようで、ある研究所で、赤毛猿に全く同じ餌を二十数年間、片方には百パーセント与え、もう片方には三割少なく与え続けた結果、人間年齢で七十歳くらいになって明らかな差が出てきたと言う。百パーセント食べ続けた方は、年相応に背中からお尻にかけて毛が抜け落ち、顔にも皺がよっていかにも老人顔である。一方、三割カロリー制限した方は、全身びっしりと毛が生えそろい、顔にも皺は殆ど無く艶々している。さてこの歴然たる差はどこから来たのかである。あらゆる方面から調べ上げた結果、サーチュイン遺伝子によると解った。人間の体にはミトコンドリアや免疫細胞という有益なものが、加齢と共に活性酸素を出したり、敵と味方の区別がつかなくなって、却って正常細胞を攻撃すると言うのだ。そう言うときサーチュイン遺伝子が酵素を作り出し、約百種類の老化の原因を押さえる働きをするらしい。しかし誰でも持っているこのサーチュイン遺伝子は普通の暮らしをしていたのではスイッチがオフの状態になっている。ある条件が揃うとスイッチオンとなるのだが、それは「飢餓」だというのである。約二十億年前、単細胞だった生物が進化の過程で幾たびか飢餓に襲われ、その都度絶滅の危機を乗り越えて生き延びてきた。その時獲得したのがこのサーチュイン遺伝子で、まさに進化の妙である。つまり「飢餓」状態になればスイッチがオンとなり老化を押さえ込む、それによって長寿が保たれるというわけである。そこで二十代から六十代まで四人の男性に、三割カロリー制限の食事を数週間続けて貰った結果、全員にこのサーチュイン遺伝子が働きだしたという結果が出た。つまり誰でも飢餓状態を作り出せばこの遺伝子が働き、確実に生活習慣病や糖尿病、認知症などを予防し、寿命を延ばすことが出来るのである。ところが現代のように飽食の時代は、これと全く相反しており、人間は欲望のままに食べれば食べるほど寿命は縮むと言うわけである。この法則が解ったからには、みな粗食をすれば、平均寿命百歳も夢ではないという。ところが食欲は避けがたい欲望で、飢餓状態で生きるのは並大抵ではない。長寿を取るか食欲を取るか、二者択一の崖っぷちに佇んでいる。食いたいものも食わずに長生きしても意味ないという人は、百パーセント食って年相応に老いた赤毛猿の道を選べばいいわけだ。しかしそこがアメリカ的というか、食いたいだけ食ってもサーチュイン遺伝子を働かせる、レスベラトールという新薬を開発した。まだ薬として承認されていないが、サプリメントとして既に出回っており、今やバカ売れだそうだ。やがて人類の平均寿命百歳時代も、そう遠くない話しだが、そうなれば人工の爆発的増加で食糧難になったり、老人の介護費用に莫大なお金が要るようになったりと、良いことばかりではない。矢張り年相応に老いて死んで貰う方が人類全体としてはバランスが良いと言うことになるのかも知れない。
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