『ヒトは肉や魚、野菜などからタンパク質を体内に取り入れている。我々が口にするものはすべて元は他の生物の身体の一部で、タンパク質には元の生命体を構成していたときの情報が書き込まれている。ここで言う情報とはタンパク質の構造のことである。タンパク質とはアミノ酸が幾つも連結した高分子化合物で、種類は数千萬種と言われている。ではタンパク質の摂取、つまり消化とは一体どういうことか。肉や野菜は咀嚼され消化管に送り込まれ、そこで消化酵素によってアミノ酸に分解される。もし他の生物のタンパク質がそのまま身体の中に取り込まれれば、他者の情報と私たち自身の情報が衝突してトラブルを引き起こしてしまう。そこで口に入れた食物を一端粉々にして、そこに内包されていた他者の情報を解体する。これが消化である。タンパク質が文章だとするとアミノ酸は文を構成するアルファベットに相当する。I LOVE YOUと言う文は一文字ずつ、I、L、O、V…と言う具合に分解され、今まで持っていた情報を一端失う。体内に入ったアミノ酸は血流に乗って全身の細胞に運ばれ、細胞内に取り込まれる。そして新たなタンパク質に再合成され、新たな情報を紡ぎ出す。つまり生命活動とはアミノ酸というアルファベットによる並べ替えである。一方で、細胞は自分自身のタンパク質を分解して捨て去っている。つまり合成と分解との動的平衡状態が「生きている」ことであり、生命とはそのバランスの上に成り立っている。それ故我々は毎日食べ続けなければならず、食べ物とはエネルギー源と言うよりむしろ情報源である。体調や肌の調子が悪いのは何かが不足しているからだ。それを補給しなければならない。私たちはしばしばこのような欠乏の強迫観念にとらわれがちである。良く宣伝されるコラーゲンがある。コラーゲンは細胞と細胞の間隙を満たすクッションの役割を果たす重要なタンパク質である。肌の張りはコラーゲンが支えていると言って良い。ならばコラーゲンを食べ物として外部から沢山摂取すれば、肌の張りを取り戻すことが出来るだろうか。答えは否である。食品として摂取されたコラーゲンは消化管内でばらばらのアミノ酸に消化され吸収される。吸収されたアミノ酸は血液に乗って全身にばらまかれ、そこで新しいタンパク質の合成材料になる。しかしコラーゲン由来のアミノ酸は、体内のコラーゲンの原料とは成らない。なぜならコラーゲンを構成するアミノ酸はグリシン、プロリン、アラニンと言った、どこにでもあるありきたりのアミノ酸であり、あらゆる食品タンパクから補給される。つまり非・必須アミノ酸である。食べ物として摂取したタンパク質が身体のどこかに届けられ、不足するタンパク質を補うと言う考え方はあまりに素人的生命観である。かくのごとき健康幻想は到るところにある。関節が痛いからと言って軟骨材料であるコンドロイチン硫酸やヒアウロン酸を摂っても、そのままダイレクトに身体の一部に取って代わることはあり得ない。私たちがこのような健康幻想に取り憑かれる原因は何だろうか。そこには身体の調子が悪いのは何か重要な栄養素が不足しているせいだ、と言う不足、欠乏に対する強迫観念があるように思える。又以前、化学調味料グルタミン酸ソーダを食べると頭が良くなると言われたことがある。グルタミンは脳内で重要な働きをしているが、だからといってそれを沢山摂れば頭が良くなると言うのはあまりに短絡的である。ヒトの脳は四十億個の神経細胞から成り立っている。この神経細胞(ニューロン)は互いに連結して大きな回路を形成している。神経細胞は生涯増えることはないが、回路の連結の仕方は幾らでも新しく形成することが出来る。
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