安全のコスト
 
 近年、食の安全や安心に関する問題が次々に起こっている。ミートホープ社の食肉偽装事件はその象徴である。豚肉を牛肉と偽り牛脂を加えるなど様々な細工をしていた。世間から十字砲火を浴びた社長は「消費者も悪い」とコメントし、盗人猛々しい言い草に火に油を注いだようなことになったが、この事件の背景には価格だけが食品を選ぶ唯一の基準になっている消費行動にも問題がある。百円と百五十円の物が並んでいれば百円の物を買う。しかし五十円の得が未来永劫得であり続ける保証はない。一方では携帯電話に毎月何万円も払っているのに、五円十円という単位に過剰に反応する。自分にとって何が大切なのか、消費者としてお金を使う順位づけも狂っているように思われる。高い物にはその理由があり、安全安心のためにコストがかり、高くせざるを得ないのである。

 例えば狂牛病だが、米国のボールダーでは有機食材のみを販売するオーガニックスーパーがしのぎを削っている。ここに食肉を卸しているメーカー、コールマン・フーズ社は牛に動物性飼料を一切与えていない。総て植物性でしかも有機栽培された物に限っている。成長ホルモンや抗生物質も一切投与していない。コールマンビーフは、普通の牛肉に比べてどれ位割り高になっているのだろうか。一割か二割五分である。これこそがボルダー市民が支払う安全のコストなのである。戦後間もない頃の日本人のエンゲル係数は六十パーセントだったのが、現在では二十パーセントにまで低下している。これは豊かさが増したことの指標なのだろうが、所得が伸びたのも事実なら物価が上昇したのも事実である。エンゲル係数の背景には、一円でも安ければ迷わず選ぶ消費行動があるのではないだろうか。それと引き替えに、我々が失ったものは、どんな添加物がどれだけ入れられているか殆ど知る術もなくなったことである。着色料・香料・甘味料・保存料・酸化防止剤等々、人体に急激な影響を及ぼさないレベルなら使用して良いことになっているが、使用許可と安全はイコールではない。長期間摂取で生ずる問題、複合作用等について調査が済んでいるとは言い難い。例えばハムやソーセージに使われているソルビン酸という保存料は細菌の増殖を防ぐ働きがあるのだが、食品に付着している雑菌を制圧する位なら私たちの腸内細菌も制圧するだろう。腸に対して何十年も負荷をかけ続ければ当然何らかの変質が出てくる。
又遺伝子組み換え食品も同じである。まったく別の遺伝子を導入された植物や動物の平衡系は乱され、生物は平衡を取り戻そうと通常とは違う別の反応をするだろう。本来あっては困る新しい物質が作られるかも知れない。アメリカで大量に生産されている遺伝子組み換え作物の大部分は、家畜の飼料になっているが、その飼料で育てられた家畜の肉を食べているのである。アメリカのモンサント社というバイオテクノロジー企業がある。ラウンドアップという強力な除草剤を開発した。そこでラウンドアップに耐性を持つ遺伝子を大豆に組み込んだ。大豆を畑に播いてヘリコプターからラウンドアップの除草剤を撒いておけば農作業は手間いらず、これでモンサント社は遺伝子組み換え大豆をラウンドアップとセットにして世界中に売れば、毎年一人勝ちとなる。

 もう一つ例を挙げると、遺伝子組み換えによって、バラの中に他の植物の持つスカイブルーの色素を送り込み、青いバラを作ろうとした人がいた。バラに青色の品種は存在しない。これには明白な理由があって、鮮やかなブルーを作り出す色素デルフィニジンを合成する酵素がバラには存在しないからである。ならば青色色素デルフィニジンを合成する酵素の遺伝子を青い花から取り出し、それをバラの遺伝子に組み込んでやればいい。しかし酵素を移し換えただけでは思ったほど青くは成らなかった。メカニズムを知れば知るほどより精巧なメカニズムの存在が明らかになった。パーツを一つ取り換えればたちまち効果が現れると言うほど機械的ではなかったのである。三十八億年をかけて積み重ねた生命の歴史の完成形として存在しているので、これを組み換えたりしても更に良くすることは簡単ではない。確かに生命は分解して行くと二万数千種類の部品になる。ではそれを機械のように組み合わせれば生命となるだろうか。否である。パーツとパーツの間にはエネルギーと情報がやり取りされている。あるタイミングにはこの部品と部品が出現し、エネルギーと情報が交換され、ある効果が生み出される。その効果のうえに次のステージが準備される。次の瞬間には、別の部品が必要になり、前のステージで必要とされた部品は不必要になるばかりか、そこにあっては成らないのだ。このような中に生命は成立するのである。生命を部品の集合体という物質レベルのみで考えると、時間の重要性を見失ってしまう。機械論的思考で生命を考えては成らないのだ。

 

 

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