研究グループは「働く、働かない」がそのアリに与えられた天性の資質なのかどうかを確認するために、実験の第二段階として、「よく働く」三十匹の働きアリを残すコロニーを三つ、「働かない」三十匹を残すコロニーを四つ作り、女王と共に更に一ヶ月飼育観察し、どうなるかを調べた。すると、働くアリだけを選抜したコロニーも、働かないアリだけを残したコロニーでも、矢張り残された個体は一部がよく働き、一部はほとんど働かないという、元のコロニーと同じような労働頻度の分布を示すことが解った。この観察結果から、「パレートの法則」がシワクシケアリの世界では実在することが解った。「パレートの法則」とは、百年ほど前にイタリヤの経済学者ビィルフレド・パレートが発表した経済法則で、社会の富の八割は二割の高所得者に集中し、残りの二割の富が八割の低所得者に配分される、というものである。またこのパレートの法則は多くの社会現象や自然現象を語るのにも使われることになり、「会社の売り上げの八割は、従業員の二割が生み出している」などと言われたりする。ではどうしてこういう現象が起きるのだろうか。原因は矢張り働きアリのあいだに存在する、仕事への反応性の個性のせいだと考えられる。最初のコロニーは反応性の高いものから低いものまで多数の固体が存在するので、仕事への反応性の高いものがよく働く働きアリとして観察された。極端な個体を抜き出ししたコロニーも、矢張りその個体のあいだには仕事に対する反応性の違いが少しは残っていて、働くもの、働かないものだけにされても、矢張り一部が働き、一部は働かないようになってしまう。しかし働かない二割のアリにも意義があると指摘している。二割くらいの遊軍を作っておいたほうが、いざというときにその労働力を使える。つまり常に待機(スペア)を持っていた方が危機に対処しやすいというわけである。しかし二割の遊軍を常に準備しておくという仕組みは「いざ」と言うときには役立つだろうが、いつ「いざ」がやってくるか解らない。すぐかも知れないし、遠い将来かも知れない。ダーウィニズムでは、遠い将来に役立つかも知れないことを、生物の集団があらかじめ予定して準備しておくことはできないと考えられている。その仕組みはその世代で機能しない限り自然選択の対象にはなりえないのである。
さて「人間とは何か」、我々にとって最大のテーマだが、これに対する生物学からの回答の一つが「ホモ・サピエンス(知恵のある人)」である。もう一つは、「ホモ・ルーデンス」である。ルーデンスとは「遊ぶ」という意味だが、人間社会の法律や経済、生活様式といった仕組みの起源を辿ると、いずれも遊び(ゲーム)に行き着く。遊びは人間以外の動物にも見られるが、人間はダントツに遊ぶ。だから「人間は遊ぶ存在」である。平安時代末期の歌謡集「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」にも、「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけむ」と詠われている。人間の行動となる確かな基準はほかならぬ遊びの精神ー明るい興奮、誰しもが持たねばならぬ創意、任意の規則の自由意志にもとずく尊重、これら三つの要素がいり混じったものーが存在しているかどうかである。
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