大魔神
 
 大魔神というと私は直ぐに浜の大魔神佐々木投手を思い出す。最後は大リーガーとなって華々しく活躍もしたが、それもほんの一時で、あっという間にしぼんでしまい、再び横浜ベイスターズに復帰したときは、大魔神が普通の人になっていた。ところで今日申し上げる大魔神はそう言う話ではなく、「東京スカイツリー」のことである。四年ぶりローマから帰ってきた作家の曾野綾子氏は「なんだあの見苦しいものは?」、東京スカイツリーを初めて見たときの第一印象だそうである。そんな話を周辺にすると、「そんなこと言ったら『非国民』って言われるぞ」と半ば冗談、半ば本気で諭されたという。それでも私の目には大魔神のように見える。あの世界一の電波塔は本当に必要なのか。五月二十二日の開業(この文章は平成二十四年に書いている)を前に、メディアもスカイツリーで大騒ぎだ。曾野綾子さんに記者が電話で感想をお尋ねすると、「あれですか?私はわざわざ見に行きません。どうしても電波塔が必要なら仕方ないでしょうけれど、まずその辺を調べてから話をしましょう」と言われた。あの塔の事業主体の東部タワースカイツリー社の広報宣伝部に聞いてみると、「電波のことですか?それは一つのきっかけに過ぎません」とあっさり言われた。

大事なのは観光、町おこしなのだそうだ。あの塔の基本理念は①活力ある街づくり②時空を超えたランドスケープ(土地の風景)③防災面での安心と安全─の3本柱があり、電波には触れていない。この辺り、押上周辺は東京大空襲でも焼け残り、江戸情緒のある町並みがあるので、その風景を乱さず地域と一緒に発展していければ…と言う思いが「ランドスケープ」に込められているのだ。江戸情緒とあの塔がどうからむのか、ツリーがすでに死にかけた江戸情緒にとどめをさすというのならわかるが。さて電波塔としての役目をしつこく聞くと、「その辺の事情は総務省に聞いて欲しい」との話。だが同省も「私たちは基準にのっとり許可を出すだけで、電波塔の必要性と言った話にはどの課も答えられない」。そこで二〇〇三年暮れに、「新タワー推進プロジェクト」をつくり建設を促進してきた放送六社の代表格、NHKに聞くと、「東京タワーの電波発信地点は高さ二百メートル強で、都内に二百メートル級の高層ビルが林立したため一部地域で映りが悪くなる可能性があると感じていた」と広報の男性が説く。ただし放送局側が電波塔を強く求めたのか、作る側が建てたいと言い出したのかは「鶏と卵の関係で、はっきりしない」と言う。電波塔の役割について、東武、総務省、放送局のいずれも歯切れが悪いのは、「私たちこそが求めた」という強い自主性がないまま何となく進んできたからのようである。
現時点ではみな東京タワーからの電波で地上波デジタル放送を見ているが、広範囲で見えないという話は聞かない。仮に見えなくとも、衛生ケーブル、あるいはネット、衛星電話でも見られる。NHKも映りの悪い世帯については個別に対応している。東京タワー一 本でしのげるわけだ。しかし庶民はみな東京タワーではテレビが見えなくなるからスカイツリーを作ったと思っている人が沢山居る。まっ、東日本大震災前から計画されたものだから、贅沢に浮かれてたのかも知れない。尤も我々でもしなくてもいいことをして、買わなくてもいい物を買っているから人の贅沢をとやかく言えないが、嫌なのは「これを見ないと」というあの熱狂ぶりと、これを軽薄だと教える人もいないことである。総事業費は六百億円という。元を取るのに何年かかるか知らないが、人はなぜ高い金を払ってまで高いところに登りたがるのかである。上からの風景と言ったって、余程良い天気なら別だが、高いところから見る東京の光景は似たり寄ったりで何の感動もない。

「民のかまどはにぎわっておるな」という皇帝,統べる者の視点、殿様の願望である。あんな所からの景色など実に退屈なものだ。見るものが遠いと意味がない。浅草だったら仲店通りの裏口に人生がある。特に一番バカな発言は、「こういうものがある町を誇りに思う」という言い方だ。出身地から誰が出ているから誇りを持てるとか、そんなことは何も関係ない。うちの村からあの有名人が生まれたと威張る人がいるけれど、個人とは無関係、その人の才能や努力とは何の関わりもないことだ。電波塔として世界一がツリーの宣伝文句だが、「東京タワー」「霞ヶ関ビル」「新宿の都庁」「六本木ヒルズ」「東京ミッドタウン」とむやみに高層ビルを建てる東京にうんざりしている。高さ競争は後発国のやること、どんな高い塔も今に抜かれる。遷都が求められる中、首都の人口が大幅に増えるとはとても思えない。高齢化も進んでいる。「時空を超えたランドスケープ」は成長を追い求めた時代をしのぶ巡礼地になっているだろうか。
以上はツリー完成直後の新聞のコラムに出ていた記事だが、時代の風潮に流されず、きちんとした座標軸をもってものを見ることは、益々重要になってくると感じた次第である。

 

 

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