桃太郎
 
 桃太郎の話はどなたでもご存じと思うが、桃太郎がサル、イヌ、キジを連れて鬼ヶ島に征伐に行く有名な昔話である。この話は征伐に行く桃太郎の側から描いた話だが、これを鬼の側から描いた芥川龍之介の短編「桃太郎」というのがある。豊かで平和な暮らしを突然たたきつぶされた鬼たちが、おそるおそる、何か自分たちは人間に悪さをしたのかと尋ねる。すると桃太郎は、日本一の桃太郎が家来を召し抱えたため、何より鬼を征伐したいがために来たのだと答える。鬼達は自分が征伐される理由がさっぱりわからないまま皆殺しにされたのである。

笑い話ではない。つい最近まで、これと同じ事が起きていた。例えばアメリカインディアンは白人とみれば理由なく襲いかかってくるどう猛な民族で、力を合わせて撃退し滅ぼすことが美談とされた。アフリカのマウマウ団と言えば、呪術を用いて人々を暗殺する危険な集団で、平和な暮らしを守るために撃退しなければならない悪の根源と見なされた。しかし大人になって世界の歴史を読みあさるようになると、これらの考えが土地を侵略した側が作った身勝手な物語であることが分かってきた。住んでいる土地を奪われ、不公平な取引をさせられ、伝統と文化を捨てることを強いられた人々が抵抗している姿を、悪魔のように物語っていたのである。自分は物語を作った側に居ただけなのだ。インディアンやマウマウ団を生み出した人々の側に居れば、自分たちの文化や暮らしを踏みにじった人々は、鬼ヶ島にやってきた桃太郎のように映ったに違いない。
こういった理不尽な物語は民族と民族の間だけにあるのではない。人と動物の間にもある。例えばゴリラは、十九世紀にアフリカの奥地で欧米人に発見されて以来、好戦的で凶悪な動物と見なされてきた。それは初期の探検家達が作り上げた物語がもとである。その話に合わせてゴリラはキングコングのモデルとなり、人間を襲い、若い女性をさらう邪悪な類人猿として人々の心に定着した。そのためライオンやゾウと同じような猛獣と見なされ、盛んに狩猟された。発見以来百年以上経ってから、野生のゴジラの調査が始まり、彼らが平和な暮らしを営む温和な性質を持つことが明らかになった。現地のアフリカの人々もゴリラを特別視などしていなかった。こういった物語はアフリカを暗黒大陸、ジャングルを悪の巣窟と見なしたがった欧米人の幻想だったのである。それは欧米各国がアフリカを植民する格好の理由になった。暗黒の世界に支配されている不幸な人々に光を当てるためというわけである。 今もこうした誤解に満ちた物語が繰り返し作られている。9.11の後、アメリカはイラクが大量破壊兵器を持ち、世界の平和を脅かすと決めつけて戦争を始めた。アルカイダはアメリカ人をアラブの永遠の敵とみなして自爆テロを武器に戦うことを呼びかけている。イスラエルとパレスチナも互いに相手を悪として話を作り、和解の席に着こうともしない。たまたま今日の新聞に掲載されていたのだが、中国での抗日ドラマが、余りにも反日感情をあおるものだと、過剰な演出に批判が出ているという。登場人物が宙を舞ったり、短時間で数十人の旧日本軍兵士を殺したり、これは青少年に悪影響を与えるというのである。虐殺場面をことさらに強調し、子々孫々まで語り伝え、恨みを世代を超え語り継いでゆき、果てしなく戦ってゆく。反日デモで過剰な行動に走った若者は、このような抗日ドラマを見るなどして反日感情を募らせてゆくのである。しかし歴史の真相を娯楽化するのは愛国主義ではなく愚民主義である。反日感情を刺激しすぎる演出に、中国当局も危機感を募らせているようだ。どちらの側にいる人間もその話を真に受け、反対側に行って自分たちを眺めてみることをしない。この点が大いに問題なのである。
人間は話を作らずにはいられない性質を持っているのだ。言葉を持っているからである。私達は世界を直接見ているわけではなく、言葉によって作られた物語の中で自然や人間を見ている。言葉を持たないゴリラには善も悪もない。自分たちに危害を加える者には猛然と戦いを挑むが、平和に接する者は温かく迎え入れる心を持っている。過去に敵対した記憶は残るが、それを盾にいつまでも拒絶し続けることはない。人間が過去の怨恨を忘れずに敵を認知し続け、それを世代間で継承し、果てしない戦いの心を抱くのは、それが言葉による物語として語り継がれるからである。言葉の壁、文化の境界を越えて行き来してみると、どこでも人間は理解可能で温かい心を持っていることに気づかされる。個人は皆優しく、思いやりに満ちているのに、なぜ民族や国の間で理解不能な敵対関係が生じるのか。

 グローバル化した現代、私たちは様々な文化や情報を手に入れることが出来るようになった。そこで肝心なことは、常に物語の作り手の側からだけで読むのではなく、多様な側面や視点に立って解釈して欲しいものである。そうしたら新しい世界観を立ち上げる方法が見つかられるはずだと思うのである。

 

 

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