さてその先端科学の一つに、ナノテクノロジーの研究がある。この領域の研究は、今や世界中で爆発的に進展している。二十一世紀の文明社会、産業構造を一変させるようなパワーがここに秘められている。この技術を核にこれから数十年にわたって生まれ出る新物質の数々が、二十一世紀の産業技術をぬりかえてしまうと言われている。現代は人類史の大転換期なのである。これまでの文明はすべて自然物利用文明だった。いま人類史初めて人間が創造した人工物に主役をつとめさせる人工物時代に入ったのである。この分野の最先端を行く京都大学物質・細胞統合システム拠点長の北川進教授は、「前世紀が原子、イオン、分子構造の骨格に焦点を当てた時代とすれば、二十一世紀は当にそれら構成素子から作られる空間、『スペースの科学』に注目する時代であると言っている。化学の本質が変わってしまったのだ。無で役に立たないと考えられていた空間が役に立つ。二十一世紀の材料は空間が主要なキーワードと考えられる。荘子の言葉に「人は皆、有用の用を知るも、無用の用を知る事なきなり」と言うのがあるが、無用の用(空間の利用)であり、世界で初めて開発した「多孔性材料」は当にこれである。北川氏の考え出した多孔性材料は、微細な孔が無数に開いた多孔性物質を作る。一辺あたりの大きさが約一ナノメートル(十のマイナス九乗メートル)。この小さな孔を持つ骨格が立体的に組み上がって、百マイクロメートルほどの結晶がができ、そこに含まれる孔の数はなんと千兆個。その孔の一つ一つにいろんな特別機能をもたせると、設計次第でそれが様々な分子を分別分離するふるいになる。その孔を貯蔵庫として利用すれば、あらゆる物質の貯蔵庫になる。例えば水素を爆発の心配なく膨大な量を貯めることができる。水素自動車のタンクとしても即利用できるのである。従来は孔のない、つまり空間が別の物質で満たされた結晶をいかに複雑な構造で作るかが科学者の腕の見せ所であった。しかし北川教授たちグループは、何もない空間が実は役に立つのではないかと考えたのである。他の学者が結晶構造の複雑さを競い合っている間に、結晶の骨格だけが残る、孔の沢山あいた分子を合成することに成功した。しかもその孔が実際に機能を持つ事を証明した。つまり空気から資源を取り出せというわけである。一気に多孔性材料の研究が花開くこととなった。多孔性材料は天然にも存在する。活性炭は脱臭や水質浄化に、ゼオライトは福島第一原発の汚染水に含まれる放射性セシウムの除去に使われている。すでに我々の日常生活には欠かせないものとなっているが、天然の場合は多孔性材料のように細かく自在にコントロールして設計できないのだ。
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