エル・エスコリアル大聖堂
 
 黄金期のスペインを代表し、大きさと同時に厳しい宗教性を見事に表現した世界最大の建造物がエル・エスコリアルである。最高の大理石を惜しみなく使い、しかし華美なところは全くない。外部、内部のあらゆるところから装飾性が一切はぎ取られている。一見質素そのもとと言っていい建物なのに、何とも表現しがたい、目には見えない豪華さがいたるところに感じられる。成金的豪華さなどみじんもない。にもかかわらずとてつもなく金をかけたに違いないことがすぐに分かる。その中央に巨大な聖堂を包み込んだ構造になっている。多数の修道僧たちがここで生活し、学び、祈る日々を送っている。また別の一画は、数々のスペイン宮廷所蔵の名美術品をおさめた美術館となっている。またヨーロッパ有数の古写本を集めた図書館ともなっている。黄金期のスペインは世界の富を一手にかき集めた。その富を世俗的富で得られる贅沢はいっさい欲しなくなり、宗教的救いを求めて大建造物を造った。美術館をすみずみまで見て歩き、クタクタになって誰もいない大聖堂に、しばらくただ坐っていた。

 そのとき突然、巨大なパイプオルガンが鳴り出した。圧倒的な量感を持って鳴るバッハの「大フーガ」が、巨大な音響空間に共鳴し、まるで自分がオルガンの中に入っているみたいだった。突然なぜか涙が出てきて、とめどもなく流れ出た。悲しくて泣いたのではない。ただ自然だった。日常性を越えたところで起きた突然の感動である。今でもこの不思議な体験は心の中にずっと残っている。世の中には行ってみないとわからないもの、自分の肉眼で見ないとわからないもの、自分がその空間に身を置いてみないとわからないものが沢山あるのだという思いを深くした。
 自分の自分に対する情報伝達、リアルな現実を自分の感覚を通して脳の中に取り込み、正しく位置づけること。四六時中はき出される膨大な情報の中から、自分にとって大切と思う事柄だけを取捨選択し取り込んでいく。そうすることによって意識レベルをワンランク上に押し上げる。そういう意味において、旅は自己教育であり、自己学習である。旅ほど自己形成に役立ったことはないのである。
 「一粒の麦もし死なずば、ただ一粒にてありなん。もし死なば多くの実を結ぶべし」イエスが自分の死を予見していった言葉である。自分が十字架にかかって死ねば、それによって多くの人を救うことができる。生きることを求めるより、よく死ぬことを求めるほうが正しいと言うことである。キリスト教の強みはそこにあった。死を恐れず殉教する者がつづいた。キリスト教が三百年にもわたる迫害に耐え抜き、ついにローマの国教になることができたのもこの強さがあったからである。新大陸に入った伝道僧たちは、異教の地で布教するにあたって迫害を受け、殉教するかもしれないことは覚悟の上であった。むしろ願うところで、殉教は聖なる行為であり、殉教者は昇天し神から祝福される。殺されても殺されても殉教志願の伝道僧は後につづく。このような布教の先頭に立ったのがイエズス会だった。映画「ミッション」に描かれているように、イグアスの滝上流のジャングルで未開の原住民に捕らえられ、十字架にはりつけにされ、イグアスの滝上から落とされる衝撃的場面がある。またイエズス会伝道村にスペイン・ポルトガル連合軍が攻めてきたとき、連合軍が火矢を射かける中、一同教会の前に集まってミサを行った。教会や部落に火がつく。その中で静かにミサを終えた主人公たちは金属製の装飾のほどこされた十字架、モンストランス(聖体顕示台)を前に捧げ持って歩き出す。そのまま銃を構える連合軍に向かって真正面に歩いていく。一斉に射撃が始まりバタバタ倒れる。残った者はなおひるまず歩き続ける。感動的場面であるが、信者でないものにはいらだたしいく、見てはいられない場面である。何故逃げないのか、わざわざ死ぬことはないではないか。

 

 聖体というのは、聖化されたパンとブドウ酒である。最後の晩餐の席上、イエスは弟子たちにわけ与え、「取って食べよ。これはわたしのからだである。わたしを記念するため、これからこのように行いなさい」。次ぎにブドウ酒に入った杯を取り、「みなこの杯から飲め。これは罪のゆるしが得られるように、多くの人のために流す血である」と言ってまわし飲みさせたという故事がある。爾来パンの一片、ブドウ酒のひとすすりの中に、キリストの全体がふくまれている。それから聖体礼拝という儀式が誕生する。そこで用いられたのが、この聖体顕示台で、中央部のガラスのところに一枚のウェハースがおさめられている。それは神そのものなのである。キリストが今そこに彼らとともにあり、ともに歩みつつ殉教していったのである。キリストが無惨に殺されたように、彼らも死をとげなければならない。しかしこの無惨な死によって永遠の命をかちとることができる。これが殉教なのである。ここのところは、仏教徒に解りにくいことだが、こういうことを知るというのも重要なのである。

 

 

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