インディオの話
 
 世界の中で最も残虐で、血塗られたことと言えば、ナチスのユダヤ人大量虐殺をすぐ思い浮かべるが、それだけではない。これは新大陸のインディオの話である。一四九二年、コロンブスは一七隻の船と一七〇〇人の兵士を引き連れドミニカ島に上陸した。一行は大殺戮と奴隷化、それを長期間にわたって繰り広げたのである。爾来一旗揚げようとする人々がヨーロッパから続々とやって来た。農場や採鉱場を経営し、労働力としてインディオを奴隷化し利用した。言うことを聞かなければ片っ端から殺した。スペイン人が最初に植民したのはエスパニョーラ島だった。インディオたちは従順で無欲だったため、たちまちスペイン人に土地、財産を略奪され、女、子供を奴隷として奪われた。あまりのことにインディオは反抗しようと武器を取った。彼らは武装したものの、武器と言えばまったくお粗末、あたかも竹槍合戦か子供同士の喧嘩と余り変わりがなかった。キリスト教徒たちは馬に跨がり、剣や槍を構え、前代未聞の殺戮や残虐な所業を始めた。村に押し入り、老いも若きも、身重の女もことごとく捕らえ、腹を引き裂き、ずたずたにした。まるで囲いに追い込んだ子羊の群れを襲うのと変わりがなかった。

彼らは誰が一太刀で体を真っ二つに切れるかと、誰が一撃のもとに首を切り落とせるかとか賭をした。また母親から乳飲み子を奪い、その子の足を掴んで岩に頭をたたきつけたりした。その殺し方や拷問の方法は種々様々であった。また生け捕りにしたインディオたちをことごとく奴隷にし、男は鉱山に女は農場に連れて行った。いずれも過酷な労働と飢え(ほとんど食物が与えられなかった)のため、次々に死んでいった。結局エスパニョーラ島に約三百万人いたインディオで、生き残ったのはわずか三百人だったという。これでは労働力が不足してしまうので、近くのバハマ諸島のインディオを奴隷として連行、大小合わせて六十の島から総計五十万人、生き残ったのはわずか十一人になってしまった。このようにうんざりする話が次から次に続くのだが、中南米トータルで、四十年間に千二百万~千五百万人が殺された。勿論これで終わったわけではない。十年後の年代記によれば、四千万から五千万人に増えている。現在中南米の国々で人口のほとんどが白人という国がある。。それはインディオを殺し尽くした上に建国された国だと言うことを意味する。また白人と黒人、その混血でほとんどという国もある。つまりインディオがいないという特徴を持つ。これらの国はやはりインディオを殺し尽くしてしまった国なのである。
白人たちはどうしてあれほど残虐な行為をインディオに対してしたのだろうか。ローマからやって来た枢機卿を前に伝道僧たちとスペイン、ポルトガルの植民者たちが、インディオは人間か動物かを論争した。インディオは人間ではない、人間より劣った動物なのだから、奴隷にして当然だと言う主張である。これは白人植民者においては、かなりポピュラーな意見だった。インディオを人間とみなし、奴隷の境遇から救い、教化の対象としようとする伝道僧たちと、インディオは人間以下の存在で魂を持たず、教化することは無意味だから、伝道は止めようという植民者が、互いに自分たちの主張をスペイン国王に認めてもらおうと訴え出た。調査団が派遣され、結果、現地の多数意見はインディオは「自由だが獣」として生きるより、「奴隷だが人間」として生きた方がよいというものだったという。
 このような時代背景の中で、イエズス会の伝道士たちは、パラグアイ、アルゼンチン、ブラジル三国のジャングルに入り込み、インディオを教化し、村を作り、農場や工場まで作ることに成功した。この伝道村は約百五十年間存続したが、十八世紀半ば、スペイン、ポルトガルとローマ法王庁三者の思惑の絡み合いの中でつぶされ、村は廃墟となった。

 

 廃墟となったと言っても、建物は全部石造りだったので、今でも遺跡として残っている。それがあちこちにある。それを探訪する旅をやった。計九カ所のイエズス会伝道村の遺跡をまわった。十六世紀から十八世紀にかけて、伝道僧から絵画や彫刻の手ほどきを受けたインディオたちは驚くほど豊かな美術作品を作り出した。それはラテンアメリカバロック美術とも言うべき、極めてユニークで、独特の表現力に満ちあふれた芸術作品である。そのほとんどは、十八世紀に起きたイエズス会追放と伝道村の崩壊の後、破壊されたり、持ち去られたり、散逸してしまった。しかし近年になって、その価値が再認識され、ユネスコなどを中心として、その保存運動が始まっている。とはいっても、その価値が認識されたのは一部の専門家の間だけで、一般にはまだその存在すら知られていないというのが実情である。
  このような文化を生み出した社会が四百年前に南米のジャングルの中に忽然と出現し、百五十年の光芒を放ったのち、また忽然とジャングルの中に姿を消したのである。歴史の中に起きた奇跡と言おうか、まるで嘘のような話である。

 

 

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