第一回 初行脚(はつあんぎゃ)
 夏の暑さも漸く峠を越え、 賑やかな地蔵盆も終わった 八月末、私は京都の授業寺 (小僧寺)を出立した。
  前日には入門に必要な書 類一式、袈裟文庫、お経本、持鉢、剃髪道具、合羽、な ど装束を全て調え終わった。
  「お前、たのみましょうも、ちょっと練習して行った方が良いぞ」と師匠に言われ、寺の玄関で何遍も大きな声を張り上げた。
  余り畏まった事の嫌いなうえ、まだ残暑厳しい折りのこと、一日中殆どステテ コとシャツで過ごしていた師匠が、急に法衣を着込み、新調の絡子を付けて、本堂 の前で記念写真を撮ろうと言った。
  全てが延び切ったゴム紐の様な気持ちしか持っていなかった私に、明日からは 愈々別世界に行くのだと言う区切りを付ける事柄だった。
  出立当日、ジリジリ焼け付くような暑さのなか、師匠や居合わせた下宿の学生 達に見送られ、修行の第一歩を踏み出したのである。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所

 

 

 
 
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