第二回 掛搭(かとう)
 入門の前日、門前の尼寺 に一夜ご厄介になった。八十は悠に越えていた老庵主 さんが一人、親切にお世話してくださった。礼儀作法を何もわきまえぬ未熟な私に、唯にこにことして、師 匠の雲水時代の想い出話を懐かしそうにしてくれた。
  翌早朝、僧堂への階段を上った。左側の小さな田圃に夏の日差しが降り注ぎ、 稲穂が青青と茂っている。 右に放生池、傍らに″葷(くん)酒 山門に入るを許さず″と刻 まれた石柱が立っている。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所

  そこを過ぎるととたんに 空気は一変し、ぴんと張り詰めた、しかも爽やかな気配が漂う。左右は杉の巨木が林立して昼尚暗い、正面に立つ観音像に一礼、階段は右に直角に折れ、やがて芥見段へとさしかかる。
  山門をくぐるといきなり 巨大な本堂が眼に飛び込んできた。右に庫裏がある。 大玄関に″止掛搭″の木札が下がっている。
  さあ、愈これから雲水修行の始まりである。学生の頃から見慣れた僧堂も今日 ばかりは別の寺へ来たような気持ちであった。
  出家してわずか二年の短い準備期間だったが、その間幾度も挫折し掛かった。 自分の甘さを痛感した。色々なことがあった。しかしともかく今日から頑張ろう。 そういう初々しい気持ちでいっぱいだった。
  あらかじめ掛搭の作法は 教えられてきたものの、いざ本番と成るとその通り出来るか不安だった。一度大きく息を吸い込んで、玄関に脚を踏み入れた。

 

 
 
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