第七回  規 矩(きく)

 道場では全体が厳しい規則によって統率されている。難しい法要儀式から果ては箸の上げ下ろし、下駄の脱ぎ方に至る迄、出処進退ことごとく規則ずくめである。その上、単(たん)と言って道場で修行する者は全員、階段状に順位が決められており、この序列に従って万事が行なわれる。順位は年令や学歴、出身など一切問わ れず、入門順で決められる。一分一秒でも早く入った者ほど、先輩として上位になるわけである。
  例えばちょっと休憩というような時でも各々座る位置から、お茶を配る順番に至まで総て是れ単順になる。
 また東司(とうす・便所のこと)に入る場合でも、どの位置に入るかは自分の単順と見合わせて決めるのである。このように一 から十まで厳格な序列が出来ており、上下の差のはっきりしている所はちょっと外には見られないめずらしい世界だ。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所
 又坐禅堂内に於いても規則は細かく規定され、その内容は″禅堂規則″として板に書かれ 後門出入り口の上に掲げられている。例えば堂内で聖僧さんの前を横切ってはいけないとか、叉手(さしゅ・手を陶の前に重ねる)で追出し、合掌で入堂するなど、如法綿密でなければならない。近頃専ら個性を重んじ、各人が自由に振る舞うを良しとする風潮であるが、道場では全く逆なのである。
 古い先輩は高単(こうたん)といい、新しい者を末単(ばったん)という。高単の中より上の者三人を特に″評席″(ひょうせき)と呼び、道場内の幹部として、師家(しけ)である老師と連絡を密に取りながら全体を取り締まってゆく役割を持つ。又その上には″紀綱″(きこう)と呼ばれる最古参の雲水がおり、幹部の評席を取り締まるのである。このように二重三重の規 則が守られることによって道場内の諸行事はスムーズに行なわれ、より充実した修行に成る様図られている。
 道場において規矩を守ることは絶対条件で、万が一にも破る者があれば警策条例によって処分される。これはひとえに道場の久住を尊ぶゆえんであり、修行には世俗の情を差し挟むことは許されないのである。これらの規矩は全て修行者自身のために外ならない。
 私が入門したのは九月まだ残暑厳しい時期であった。庭詰。旦過詰を漸く終えると、いよいよこれから堂内の一員として皆の仲間に入れる わけである。その日、大衆頭(だいしゅがしら)という堂内古参の者に南敷瓦へ呼び出された。何かと思うと、″新到心得″なる古めかしい本をめくりながら一項目づつ禅堂生活について事細かく教えてくれたのである。元来修行は人から 教えられるものではなく、自分で盗み取るものであるから、その点でこれは少々甘やかし過ぎになる訳である。先輩の有り難い訓戒を聞きな がら、「さあ!いよいよこれから本当の修行が始 まるんだ。」と実感が湧いてきた。

 

 
 
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