第三十回  貼 案(てんあん) 
 

法要儀式・来客・展待の時には平生の麦飯、味噌汁、沢庵だけの食事から一変して特別料理となる。それを仕度するのが貼案役である。献立はほぼ一定しているので覚えてしまえばそう難しいものではないが、特に恒例の開山忌や祠堂斎となれば大忙しである。大行事に貼案役に当たるというのはそう度々あることではない。その上こういう行事は何百膳と仕度するから余程段取り良くやらないといけない。何人もの下 働きの雲水を手際よく配置し、時間までにきっちりと間に合わせるにはそれなりのこつが要る。料理は得手不得手があって、実に鮮やかな包丁さばきの者から、私のように材料を切るより手を切る方が多い者までいろいろである。好きこそものの上手なれで、好きな者ほど工夫もし、味付けも良く更に手際もよいのである。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所

  私などは包丁一つ持ったこともないまま僧堂に入ったので、間もなくこの貼案を命ぜられた時は本当に困ってしまった。しかし人間必死に なれば何事も出来るもので、今ではそのお陰で一寸した果物の皮むきなども、周りのものが感心する程上手に包丁を使えるようになった。また禅寺独特の料理もいろいろ覚えた。たとえば飛竜頭(ひりょうず)、俗に言うがんもどきだが、砕いた豆腐に人参などの野菜、ひじき、銀杏などを混ぜ込み油で揚げる。この時表面はなるべくごつごつさせた方が文字通り龍のあたまのようで良いとされる。また建長汁(けんちん じる)、そこに小豆を入れた従兄弟汁(いとこじる)、味噌で味付けした黒醤汁。また茄子の背に編み目に包丁を入れた泥亀汁(どんがめじる)など、何れも一寸した工夫から生まれたものばかりでしかも材料を無駄なく使う。食材もいろいろで、氷コンニャクなどは僧堂へ来て初めて知った。最初に充分水で戻し、予め下味を付けておいてパン粉をまぶし油で揚げると一見トンカツに見える。中でも常山(じょうざん) には驚かされた。これは伊深の開山さん直伝の料理で、まず五月下旬、皆で手分けして山や河原に出掛け臭木(くさぎ)を刈り取ってくる。文字通り臭い木で葉には毒がある。この葉をむしって大釜でゆで、桶に入れて水に晒す。毎日水を換えてあくを抜くこと一週間。その後これをカンカン照りの中一枚一枚葉を広げながら天日で干す。こうして一日で干し上げると外見はまるでお茶の葉のようになり保存出来るのであ る。この作業が一番大変で暑い最中終日やっているとこちらまで干し上げられてしまう。
 この調理法は、まず水に戻して柔らかくなったところを微塵に切る。此処で手抜きをすると食感が悪くなる。それを油で充分妙め、予め水に浸して置いた大豆と一緒に数時間煮詰める。後は砂糖と醤油少々で味を付ければ完成である。独特の風味があって忘れられない味である。他にも数え上げれば切りのないほどいろいろ料理を覚えた。これも重要な修行の一つなのである。

 
 
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