修行中の雲水には色々な信者さんが出来る。中でも法衣屋(ころもや)さんは
少し古手の雲水にとって、把針灸治(はしんきゅうじ、休日のこと) には終日のんびりさせてもらえる格好な休息所となる。僧堂のように規則規則で二十四時間がんじがらめになっているものには又格別のものである。
丁度其の日、一人の雲水が把針灸治で何時も馴染みの法衣屋に上がり込んでいた。冬の寒い時期、火の気のない僧堂では到底味わえない暖房の効いた部屋で、首までこたつに入ってうとうとしていた。其処へひょっこりと梶浦老師がやってき
た。その法衣屋は老師の昔からの信者さんだったので、京都へ出掛けた折りには何時も宿をお願いしていたのである。雲水にとって老師は雲の上のような存在、ましてや厳格なことで知られていた梶浦
老師である。縮み上がり畏まって挨拶した。梶浦老師とその雲水が修行している僧堂の老師とは同年同月同日生まれ、その上俗名も同じという誠に不思議な縁であり、宗門の専門校の同級生というお互い旧知の仲であった。
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