さて話は変わって私の友人に大変無口な男がいた。その男の処に或る日部下で非常に真面目を者が相談にやって来た。結婚したいのだがどうしても相手の女性の親が反対して困っている。どうか親を説得して欲しいと言うのである。そこで早速先方へ出掛けて行き、会って一応こちらの気持ちや青年のことなど喋って頼んでみた。が、そんなことでは頑として承知してくれない。それから双方じっと 黙ったまま一時間経ち二時間経ち遂に三時間が経った頃、もうこれでは駄目だ。そう考え、「では失礼いたします。」と言って立ち上がった瞬間、足が痺れていたので、大の男がどすーんと無様にも部屋で引っ繰り返ってしまった。ところが何とそれが切っ掛けとなり、この話が纏まったというのである。一言も発せずに誠意が伝わった例と言えまいか。本で読んだり人から聞いたもので、どうして相手に真意を伝えることが出来ようか。自分 の全存在を掛け、ぎりぎりの処で生きている姿こそ万言に勝る説法なのである。 |