この様な毎日が三年ほど続いたある日建長寺本山の方が突然訪ねてこられた。春から四年間本山に出て、事務を手伝ってもらえないかという話である。まだ鎌倉の地にも慣れず、困ったことに成ったと思ったが、結局お手伝いさせて頂くことにした。ところがそうなると日中建長寺へ行っている間、寺は誰もいなくなって不用心である。そこで無理矢理父と母に頼んで留守番役を引き受けてもらうこ とにした。既に七十歳を超えていた母は最初人気のない広々とした寺は気味が悪いと言っていたが、だんだん寺の生活に慣れるに従い、却って静かで落ち着いた鎌倉の生活を喜んでくれるようになった。私は十数年前この父と母の存在が鬱陶しく、逃げ出すように故郷を捨て出家した。二度と帰ることもまして父や母と暮らすことなどあるまいと心に決めていた。それが図らずも巡り巡って又この様にひとつ屋根の下で一緒に暮らすことになった。なんと不思議なことだろうか。その間の 十数年の歳月と修行が私の心をすっかり変えて、既に年老いた父と母と私と三人の静かな生活が何よりも尊く楽しいものに思われた。 |