2000年1月 野鴨子(やおうす)
 
 馬祖と百丈が田舎道を歩いていた。ふと見上げると鴨の一群が飛んで行く。馬祖は指さして、「あれはいったい何か。」と弟子の百丈に問い掛けた。百丈は「鴨です。」 と答えた。すると今度は「何処へ飛んで行くのか。」と質問された。
 「あちらの方へ飛んで行きます。」と答えた。するとこの百丈の答えを聞き終わるか終わらぬうち、馬祖はいきなり百丈の鼻をひっつかんでギリギリと捻上げた。たまらず、「いたたたた!」と叫ぶ。すかさず「何処へ飛び去ったというのか!」これは百丈野鴨子(ひゃくじょう やおうず)という碧巌録に登場する有名な問答である。
 何故鴨を鴨と言っては間違いなのだろうか。又見た通りあちらへ飛び去ったという答えが間違いなのだろうか。常識的に言えば百丈の答えに間違いはなく、従ってお師匠さんから鼻を捻り上げられなくとも良さそうに思う。ところが実は大きく間違っているのである。馬祖は師匠として正しい鴨の答えを弟子に向かって指し示す為にあのようにしたのである。そして、いたたたた!と絶叫した百丈こ そ当に真実の答えを見届けたのである。

 さてこのように解説されてもきっと分からないに違いない。というのも本当の鴨は何かを見届ける為には五年十年と坐禅修行を続けてもらわなければ到底分かるものではないからだ。そこで馬祖の示したかった真実の鴨を私なりに少し角度を変えて申し上げてみたい。
 昔は教育といっても今の小学校位で終わり、大抵は直ぐ丁稚奉公や職人の下へ弟子入りして、手に職を付けるために働いた。そして頂いた僅かな貸金も自分で使うことなど殆ど無く、貧しい親の家計を支えるために仕送りした。わずか十二、三才のいたいけな子供が当然のようにそうしていたのである。それに比べて現在はどうだろう。高校までは殆どの子供が義務教育のようにして行くし、その後の大学も続けて進学するから、今では大学 教育といっても特別なものではなくなった。では現代の子供たちはこれだけ教育も進み、より多くの知識を身につけたのだから、昔の人に比べて余程賢く、ものの見方も深くなったかというとそうでもない。つまり幾ら多くの知識を持っていても、それを自分自身の心の中に深く浸透させ、様々な思索の中で受け止められるようなものにしていないのだ。そうでなければ知識など人間として生きてゆく 上に何の働きも迫力も持ち得ないのである。それは例えれば丁度人間が本箱のようになってしまっているのだ。眼前に広がる事実をただボーと漠然と見ているだけでは駄目なのだ。そんなことでは情報も知識も有り余るほど持っていながら、結局何も持たないのと同じことになる。孔子の言葉に″学びて思わざれば則ち罔(くら)く、思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし、″というのがあるが、自分 勝手に考えたり又既に誰かが考えた概念でものを考えているようでは、怒涛のごとく押し寄せてくる現代の知識や情報に徒に振り回され、却って間違うのである。つまり真実の眼でものを見なければ対するものの本質は見極めることが出来ないということだ。
 以前私の友人の和尚さんからこんな話を聞いた。その人は小さい頃から小僧に入り、中学を卒業したときどうしてももっと勉強したいと思った。そこでお師匠さんに何とか高校へ行かせて下さいと申し出たが、「禅僧に世間の学問などは必要ない。わしが教えてやる。」と言ってガンとして聞いてくれなかったという。しかし何としてでも高校へ行きたいと思い、必死で頼み込むと流石に頑固なお師 匠さんも、「仕方がない、それでは高校へ行っても良いが大学は絶対駄目だぞ!卒業したら直ぐ専門道場へ行け。それが約束できるなら許す。」と言われた。ともかく先のことは何れその時になったら考えるとして、ともかく高校行きが許されただけで、こんなに嬉しかったことはなかったとしみじみ話された。それから瞬く間に三年経ち卒業、恐る恐る何とか大学へ行かせて欲しいと申し出たのだが、今度は全く聞き入れられず卒業と同時に 道場入門となったということである。

 今その話を聞いて私はこのお師匠さんは正しかったと思っている。必要な知識や学問は修行の過程で幾らでも勉強できる。むしろ本当に必要に迫られてする学問の方がはるかに身につくのである。ここで重要なことは″法眼″(ほうげん)を具するということである。法眼をもって今度は自分の方が主体的にものの本質を見極めることである。知識や情報に毒されている心の垢を悉く捨て切ること だ。捨て切って素直な裸の心に立ち返り、 時代を超え世俗の価値観に振り回されず常にものの本質を見抜いていく法眼をしっかり磨くことだ。そうでなければ再び馬祖に鼻を思いっきり捻上げられることになる。

 

 

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