以前大英博物館へ行った折り、私は案内してくれた英国人に言ったことがある。「世界中の宝物をこれだけ集めた博物館は恐らく他にはないだろう。しかし良く考えてみるとこの宝物の殆どはイギリス人が世界中から略奪してきたものばかりで、言い方は失礼だが大泥棒の倉庫みたいなもんだね!」すると彼は憤然として言い返した。「さっきのパンテノン神殿の彫刻をご覧になったでしょう。あ れは曾てギリシアに育ったが、ギリシア人自身はその価値を殆ど知らず、酷いことに一時弾薬の倉庫にまでしていたのです。そのために戦争になり爆発して木っ端微塵に毀れ、恰も瓦礫の山のようになっていました。その塵の山をイギリス人が掘り出して再生復元し、今ではこうして博物館に大切に保管され、広く世界にその高い価値を知らしめているのです。芸術作品というものはその価値を知る者だけが持つことが出来るのです。」こうきっぱりと言った。私には返す言葉がなかった。ギリシア人は或る時代にはこんなにも素晴らしい芸術作品を生み出したのに、結局その後、この価値を継承する人材を育てることが出来なかったということである。
またこれは最近の話になるが、バブル最盛期にはやたらと美術品が売れたそうだ。その頃、或る社長さんから画廊に電話があり、「明日お邪魔して絵を買いたいので、適当なものを何点か見せて欲しい。」と言ってきた。そこで準備をして待っていると、社長さんがやって来てぐるっと絵を見回し、即座に或る作家の絵を指すと、「これを頂きます。」と言った。その絵は画廊の主人の目から見ても秀作で、是非お薦めしたいという作品であった。そこで「伺えば社長さんは絵について知識も趣味もなく、全く分からないということでしたのに、どうしていきなりあの絵を買うと仰ったのですか?」と尋ねた。すると「絵の大きさが家の金庫に入れて置くのに丁度良いからさ。」当時は何処もお金が余っていた時代で、お金で持っているより資産として絵を持っていた方が良い利殖にも成ると考えたのだろう。これに驚いた画廊の主人は「折角こういう良い絵を選ばれたのですから、金庫になぞ仕舞って置かずに玄関に掛けたら如何でしょう。御自分でも楽しめますし、来たお客様の目も楽しませるとことが出来ますよ!」こう申し上げると、「ではそうします。」と言って帰っていった。
|