2002年7月 ふたつ良いこと無いもの法則
 
 ふたつ良いこと無いものという法則があると、本で読んだことがある。全くその通りだと思った。誰でも日頃から感じておられると思うが、人生旨いことはそう何度もないものだ。ちょっと良いことがあって喜んでいても、次に思いも掛けぬ災難に見舞われがっくりさせられる。しかしそうかと言って災難ばかりが続くかと思うとそうではなく、やがてまた良いことがあって喜ぶということになる。 喜んだり悲しんだり定めなきが人生である。この法則の良いところは決してふたつ良いこと絶対ない″と言っていないところだ。確かにふたつぐらい続けざまに良いことがあることもある。しかしこの法則を知っていると、決して有頂天になって、これで人生いけるぞなどとは思い込まない。

つまりその時はたまたま良いことがふたつ続いただけで、法則どおりに次は必ず悪いことがやってくるか ら、やたらと舞い上がって高慢になったり、良いことがあるのが当たり前などとは思わないようにしようとブレーキをかける。次にその逆で、悪いことふたつ無いもの法則というのもある。これを知っていれば少々悪いことに遭遇しても、後には必ず良いことがやってくると信じて徹底的に落ち込まずに済む。もし人生を短期的に見ればこの法則は当てはまらないと感じることもあるかもしれないが、人生を八十年というトータルで見ればこの法則は厳然として生きている。誰でも今際のきはに振り返ってみたとしたら良いことと悪いことは凡そ半分づつといったところであろう。
 私事で恐縮だが、修行三年目の時思いも掛けぬ激痛に襲われた。近所の医者に診せると直ぐに手術をしなければいけないと言われ、早速病院を紹介してもらった。入院し手術後十日程で退院し、その後は療養と体力の回復をはかるために京都の小僧をしていた寺に戻った。一ケ月程経ち、これなら僧堂生活も何とか出来るだろうというところまで元気になったので僧堂に帰った。そうして復帰後間もなく四人一組になって美濃方面へ托鉢に出掛け、無事に終えて信者さんの家で点心(昼食の接待を受けること)を頂いた時のことだ。食後の休息をしているとにわかに激痛に襲われ、苦しさのあまり部屋中転げ回る騒ぎになった。同僚も点心先の人もこれにはびっくり仰天し、慌てて近所の医者の手を千切れんばかりに引っ張って来た。どうしてこんなことになったのか皆目分からず、ともかくこの痛 みを鎮めるのが先決とばかりに何本か注射をうった。そうこうするうちに痛みは嘘のように引いて周囲の者もほっと安堵の胸を撫で下ろした。実はこれが私の胆石痛との長い付き合いの始まりで、以降三十年の長きに渡って原因不明の激痛に襲われ続けることになったのである。
 十年ほど経って、この突然襲う厄介な痛みはますます頻度を増し、その度に痛み止めをうっては鎮めるという繰り返しをしていた。そこで少し体力的な負担を軽くした方が良いのではないかと医師に言われ、その判断に従うことにして寺を持つこととなった。内心ではこんなことがなければ僧堂でもっと頑張れたのにと思うと残念であったが、仕方がないと割り切った。そうして以降は小庵の住職をしながら僧堂に通い修行を続けることにした。しかし幸運なことにこれが私にとって修行上最も大きな転機を向かえる人に巡り会うことになったのである。湊素堂老師である。もしこの時この人に会わなかったら私の修行はどんなに鼻持ちならなかったか知れないと思っている。
 さてその後八年してその寺を離れ、岐阜の道場の師家となった。ここでは伽藍の再建や開山さんの五百年遠忌法要など難問は山積しており、十年の長きに渡って大いに苦労することとなった。喜んだのは束の間で、また不幸に見舞われたわけだ。しかし振り返ってみればこの十年はその後の私にとって大変大きな心境の変化をもたらしたといえる。曾て私は人間嫌いで内にばかり篭もっていた。だがこの大事業を遂行させんがため、否応無しにいろいろな場面に引っ張りだされ、結果として多くの人に巡り会い、何時しか人嫌いであった私の偏屈な性格は変わっていた。

 以上のような経過を考えると、その底に流れているものは 「知足」すなわち、足を知るということではないかと思う。人間の欲は限りが無いもので、一つ望みがかなえばまた新たな欲が沸いてきて、もしそれが達成されなければ再び不満が渦巻くのである。二つどころか三つでも四つでも良いことが続かなければ満足出来ないのである。そこでちょっと視点を変えて、もっと大きな心で人生を全体として捉え、結局プラスとマイナス差し引 き勘定はゼロなのだと心に決め、欲望の虜になってただ振り回されるのではなくこんなもんだ″と、ゆったりと構えて生きたいものである。

 

 

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