中欧旅行(その一)
 
 数年振りにロンドンへ出掛けた。友人のポールの所である。今回はサンパウロの江坂さんご夫妻とポール夫婦との合計五名でイギリスのコッツウォールズ、オーストリヤのウィーン、ハンガリーのブタペストを巡る二週間の旅であった。 八月十九日ヒースロー空港に到着。勇んで出口に向かうが、幾ら辺りをきょろきょろ見回しても迎えに来るはずのポールの姿が無い。何をもたもたしているのだと思いつつ待っていると駆け足でやって来た。彼は来るなり腰に巻いていたセーターを何処かに落としたと言う。私のトランクを転がしながら駐車場に向かい、二人で辺りを見回すと有った有った。何台もの車に轢かれ伸しイカのようにぺっちゃんこになった紺色のセーターを発見。例年のロンドンならちょっと暖房が欲しい程なのだが、今年は異常な暑さ。このセーター伸しイカの一件も一重にこの異常気象のせいなのである。

 数年振りの再会で驚いたのはポール自慢の髭が真っ白になっていたことだ。夕刻全員集合して日本食で一杯やったのだが、この時奥さんの美代子さんも首の周りに幾筋もシワが出来ていた。自分のことは棚に上げて良く言うわだが、私も近年脳天ハゲだから、年月が経てばお互い老人になるものだと改めて思い知った。いつもはハムステッドの彼の家に泊めて貰うのだが、今回は江坂さんご夫妻と行動を共にしようということで、バッキンガム宮殿近くのクラウンプラザホテルに宿を取った。
  翌日は長旅の疲れを癒しゆっくり市内をぶらつこうということで、最近オープンしたばかりのテイトモダンという、テムズ川畔の近代美術館見学と相成った。さて館内に入ると次から次へと奇妙奇天烈な作品ばかりである。古びた煉瓦が数段積み上げられているものや、ゴミをかき集めたとしか見えないものなど、凡そ私には芸術作品とは思えない。部屋の隅っこの床に鉄の格子がはめ込まれていたので、これもまた芸術かとじっと眺めていたら、何とただの換気装置だった。余りにも変なものばかり見ていたからこちらの頭もぐちゃぐちゃになってしまったのだ。
  次の日、十時過ぎにポールが愛車フォルクスワーゲンで迎えに来てくれた。彼はいままで大型スクーターしか持っていなかったので、私はヘルメットを被らされ後ろにしがみつき、いつ振り落とされるか解らない恐怖と闘いながら市内を走り回っていた。これでようやく人間的な扱いを受けられるようになったと安堵した。小振りの車に五人乗り込んで高速を約三時間突っ走るとストラドフォードアボンエィボンという舌を噛みそうな名前のシェークスピアの生地に到着した。少々見学した後、更に三十分ほど走って漸く目的地コッツウォールズに着いた。この辺り一帯は四百年ほど前の農村風景が美しい建物と共にそのまま残っている。小川が流れ木立に囲まれたそれは素晴らしい田舎で、茲に二泊してのんびりと散策した。田舎大好き人間の私は、スケッチでもしたい気分だった。
  それから一端ロンドンに戻り翌日空路ウィーンへ飛んだ。茲でも相変わらずの暑さで閉口したが、更に毎夕食がこれまた重労働なのだ。まず午後七時に全員ロビーに集合、ガイドブック掲載の美味しいレストランを探し求めて約四十分歩き回る。足が棒になった頃遂に見つからず諦めて最寄りのどうでも良いレストランに入る。着席後は各自何を食べるかメニューを見ながら検討に入り更に迷うこと約三十分。ようやく注文を済ませ料理が運ばれロに入るまで又三十分。腹は減るビールはロに合わない頭はふらつく、実に食事ほど難行苦行なものはない。それから約二時間お喋りしながらの食事となり、最後に唯一美味しいアイスクリーム二玉を食べて無事お開きと相成る。夜の帳が降りるのが十時ぐらいで外も暗くなった頃、ウィーンの夜の街を散歩して帰るので、私の目はもうトロトロ足はフラフラ殆ど夢遊病状態だ。部屋に戻って寝るのは大抵十二時を回ってしまい、早寝早起きの極めて健康的な僧堂生活から急にこれでは全く参った。

 四日間ほど滞在した後、船でドナウ川を下りブタペストへ入る予定だったが大洪水に見舞われ急遽バスで三時間の移動となった。ハンガリーでは兵陵地帯に何百基もの風力発電用風車が林立しているのに驚かされた。丁度昼頃の到着だったのでガイドに美味しい食事の出来る所を紹介して貰った。そこは木立に囲まれ、そよそよと心地よい風が吹き抜けるなかなかのレストランで、この地方独特のスープを頂きほっと一息ついた。二日間は郊外へ出掛け残りの二日間は市内中心部を見学することにした。この間現地通貨ホリントは皆ぎりぎりしか換金せず現金は成るべく持たないようにし、タクシーは殆どインチキで観光客と見ればぼったくられるから絶対乗ってはいけないと予め注意を受けていたので、ホテルへの帰りは地下鉄を利用することにした。しかしこれが大間違いで、結局十倍もの罰金を払わされる羽目になってしまったのである。
              (つづく)

 

 

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