数年振りの再会で驚いたのはポール自慢の髭が真っ白になっていたことだ。夕刻全員集合して日本食で一杯やったのだが、この時奥さんの美代子さんも首の周りに幾筋もシワが出来ていた。自分のことは棚に上げて良く言うわだが、私も近年脳天ハゲだから、年月が経てばお互い老人になるものだと改めて思い知った。いつもはハムステッドの彼の家に泊めて貰うのだが、今回は江坂さんご夫妻と行動を共にしようということで、バッキンガム宮殿近くのクラウンプラザホテルに宿を取った。
翌日は長旅の疲れを癒しゆっくり市内をぶらつこうということで、最近オープンしたばかりのテイトモダンという、テムズ川畔の近代美術館見学と相成った。さて館内に入ると次から次へと奇妙奇天烈な作品ばかりである。古びた煉瓦が数段積み上げられているものや、ゴミをかき集めたとしか見えないものなど、凡そ私には芸術作品とは思えない。部屋の隅っこの床に鉄の格子がはめ込まれていたので、これもまた芸術かとじっと眺めていたら、何とただの換気装置だった。余りにも変なものばかり見ていたからこちらの頭もぐちゃぐちゃになってしまったのだ。
次の日、十時過ぎにポールが愛車フォルクスワーゲンで迎えに来てくれた。彼はいままで大型スクーターしか持っていなかったので、私はヘルメットを被らされ後ろにしがみつき、いつ振り落とされるか解らない恐怖と闘いながら市内を走り回っていた。これでようやく人間的な扱いを受けられるようになったと安堵した。小振りの車に五人乗り込んで高速を約三時間突っ走るとストラドフォードアボンエィボンという舌を噛みそうな名前のシェークスピアの生地に到着した。少々見学した後、更に三十分ほど走って漸く目的地コッツウォールズに着いた。この辺り一帯は四百年ほど前の農村風景が美しい建物と共にそのまま残っている。小川が流れ木立に囲まれたそれは素晴らしい田舎で、茲に二泊してのんびりと散策した。田舎大好き人間の私は、スケッチでもしたい気分だった。
それから一端ロンドンに戻り翌日空路ウィーンへ飛んだ。茲でも相変わらずの暑さで閉口したが、更に毎夕食がこれまた重労働なのだ。まず午後七時に全員ロビーに集合、ガイドブック掲載の美味しいレストランを探し求めて約四十分歩き回る。足が棒になった頃遂に見つからず諦めて最寄りのどうでも良いレストランに入る。着席後は各自何を食べるかメニューを見ながら検討に入り更に迷うこと約三十分。ようやく注文を済ませ料理が運ばれロに入るまで又三十分。腹は減るビールはロに合わない頭はふらつく、実に食事ほど難行苦行なものはない。それから約二時間お喋りしながらの食事となり、最後に唯一美味しいアイスクリーム二玉を食べて無事お開きと相成る。夜の帳が降りるのが十時ぐらいで外も暗くなった頃、ウィーンの夜の街を散歩して帰るので、私の目はもうトロトロ足はフラフラ殆ど夢遊病状態だ。部屋に戻って寝るのは大抵十二時を回ってしまい、早寝早起きの極めて健康的な僧堂生活から急にこれでは全く参った。
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