中国祖跡巡礼の旅
 
 友人の名古屋徳源寺江松軒老師より「中国祖跡巡礼の旅」という本を頂いた。これは老師がおよそ十年掛け、こつこつと逓代伝法に連なる祖師方や無門関、碧巌録などに登場する祖師の足跡を尋ねた貴重な記録である。一読して私もいつかは屹度巡りたいと思うようになった。それから数年経って、漸く今年実現の運びとなった。先ず第一回目として、二月下旬、広州から入り、南京、安慶、蘇州、上海と辿る八日間の旅を計画した。出立は十九日、中国では前日から旧正月の春節に入ったところで、広州の街はし〜んと静まりかえって、商店街の殆どの店が閉まっていた。翌日から、六祖慧能大師ゆかりの六榕寺、光孝寺、国恩寺、南華寺と順次参拝に出掛けたが、こちらはいずこの境内も人でぎっちり、押すな押すなの大盛況で、これにはビックリさせられた。南方は昔から中国でも特に信心の篤いところだそうで、春節ともなると、日本で正月に初詣でに出掛けるのと同様の有り様だ。さらに驚かされたのはお詣りのための線香の大きさである。長さ二メートル太さ十センチは有る、まるで丸柱を肩に担いでいるようで、大きければ大きいほど御利益があると言うらしく、こうなってしまったそうだ。一日に三十万人もの参拝客があると聞いたが、そのお詣り姿の熱心なことにはさらに驚かされた。

 今回の旅で特に印象深かったのは、白雲守端禅師ゆかりの海会寺であった。湖北省黄梅に至る道に白雲山の入り口がある。小川のような玉帯河に沿った細い未舗装の道路をゆるゆるとバスは進み、漸く門前に到着した。嘗て盛んだった時代は奥行きだけでも四キロもあり、山門まで馬で行かなければ成らなかったらしいが、現在は天王殿と大雄宝殿、左側に尼僧たちの宿舎が建っているだけだった。この寺は故趙僕初中国仏教協会会長が学んだ寺としても有名で、寺の復興にも大いに氏の支援が期待されたのだが、志し半ばで氏が逝去されたため、資金の調達の目途も立たない状態だという。現在は尼寺になっており、文化大革命ですっかり破壊された寺を尼僧さん達の手で復興したそうである。山から石を切り出し砂を運んでコンクリートで固め、柱を削り苦しい作業だったという。経済的にも困窮し、作業中でも夕食抜きに成る事が何度かあったようだ。周囲の信者さん達も同様に貧しく、辺りの家を見ても軒が波打っているような状態である。尼僧さん達は現在十九名おられるそうで、内三名は近くの仏教学院で目下勉強中だそうだ。この寺が嘗て高僧の住した大切な寺であるということを誇りにし、清貧に甘んじ頑張って居られる姿には本当に胸の熱くなる思いであった。心づくしのお茶やお菓子を頂戴した折り、接待室に掲げられていた七堂伽藍の誓える絵図面に、将来はこの様に復興したいという心意気がうかがわれ、頭が下がる思いであった。
 次ぎに安徽省貴池市南泉村にある南泉院跡を訪ねた。貴池市内を通過し更に柵い道を進むとついには行き止まりになってしまい、この辺りが南泉村だという。小さな集落があったので、村人に南泉院跡は何処かと尋ねると、中年の男が名乗り出て、俺が案内してやるとすかさず右手を差し出した。何がしか案内賃をよこせと言うことらしい。我々一行がぞろぞろとその男の後について集落の細い道をしばらく進むと、遂には行き止まりになった。すると案内の男は一軒の民家を指して寺があったところだという。私は予め江松軒が訪れた時の記録を読んでいたので、「こんな處ではない。周囲は竹薮になって数メートルの石造りの塔があるはずだ。」と言うと、それなら別の場所だと言い、さらに山の中の道なき道を掻き分け進んだ。前日の雨で下はぐちゃぐちゃ、靴も作務衣も泥だらけになって漸く辿りついた。

鬱蒼とした竹藪林が続いている中で、身をかがめ透かしてみると嘗て伽藍が奪え建っていたと推測される敷地が広がっていた。この辺りに三門があったという場所に立った。その昔は十八段の階段を上ると間口十八メートルの大きな門があったそうだ。それをくぐって中に入ると高さ七メートル二層の塔があり、これが南泉禅師の墓だったという。現在、党は壊され運び出して学校の土台に使ってしまったそうだ。見ると塔の跡に一メートルほどの穴が開いていたので尋ねると、墓の下には宝物があるに違いないと掘り返したのだという。これらは全て文化大革命当時の出来事で、建物も墓も全てが破壊され、住持も何処かへ行ってしまったと言う。村人が作ったと思われる粗末なブロックの囲いの中に佛さんが祀ってあった。皆でお経を読み遥か昔の南泉和尚を偲んだ。現在の中国の状況は地域によって甚だしく差があるようだが、海会寺で出会った尼僧さん達の律儀な姿には心打たれた。いつの日か中国仏教が本来の姿を取り戻し、きっとこの尼僧さん達の願いも叶い、蘇るに違いないと確信して旅を終えた。

 

 

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