老いを考える
 
 町内会の運動会で五百メートル競争に参加した。必死になってゴールにたどり着いたら、そこへ役員さんが出てきて、「すいませ〜ん、間違いまして、八百メートル競争でした。もう三百メートル走って下さい!」「最初から八百メートル競争と分かっていればそのペースで走ったのに、これでは話が違うじゃないか。後三百メートルなんか誰が走れるもんか!」。これは例えであるが、現代の老人間題を象徴的に現している。この世に生を受け、長ずるに及んで進学、受験戦争も何とか乗り越え無事就職、やがて家庭を築き子育てに苦労しながら、今漸く肩の荷を降ろす。可愛い孫を抱いて好々爺となって、ふと気が付くともう人生の最晩年、惜しまれながら死を迎える。これが嘗ての一生であった。しかし人生八十年時代となり、そろそろお迎えが来る頃かなと思ってから、後二十年生きろと言われ、途方に暮れてしまうのである。長寿という言葉があるが、長生きは目出度いことと考えられてきた。しかしどうもそうとばかりは言えなくなってきた。少子高齢化の時代、若者達にとって、年寄りに何時までもぐずぐず長生きされるのは、迷惑なことなのだ。このままいけば、いずれ若者二人で老人四人の面倒を見てゆかなければならない。どうも年寄りにとって、余り居心地の良い時代ではなさそうである。

 さてその老人だが、余生二十年を唯、食って寝て漫然と無為に過ごすのではいかにも虚しい。後の三百メートルを如何に充実して走りきるか、これは重要な問題である。聖路加看護大学長の日野原重明先生は「老いて創める」と言っておら
れる。老いても何か新しい事を創める。それはちょっとした趣味でも仕事でも何でも良い。老いを意識して深く生きるようになってから創めることは非常に意義深いことである。「‥‥もうこの年になって‥‥」などと考える人も多いが、死も実は新しい次の世界の始まりなのだから、老いたからと言って「終わり」の事ばかり考えず「はじめ」の練習をすると、「死」を迎え易いのではないだろうか。ここで母のことを話すのは憚られるが、隠居して八十歳になった頃から、習字を始めた。明治生まれの母は今で言うと小学校程度の教育しか受けていない。だから幾つになっても学問への憧れがあって、知的好奇心は人一倍旺盛だった。習字もその内の一つで、稽古場までは出掛けられないので、先生に自宅まで来て頂き、月二回のペースで励んでいた。その頃私が偶に郷里に帰ると自分の作品を並べては、「何処か悪いところがあったら言ってね」と、書道についていろいろ質問をした。その後病気をしたり、思うように稽古は出来なかったようだが、一枚だけ「風」という字を残して逝った。今でも母の部屋にこの「風」が掲げられている。それは決して上手とは言えないが、一生懸命さが伝わってくるような良い字である。私は少しでも心が萎えてきたときは、何時もこの母の書を思い浮かべ、頑張ることにしている。
 老化は人間生きていれば誰も避けることは出来ない。自分の老いに気づかず、何時までも若いつもりで無理をし、結果失敗をする。そこで自分の老化の程度を予め知っておく必要がある。身体的な老化は比較的分かりやすく、立ち上がる時に思わず、「どっこいしょ!」と言い始めたら老人の仲間入り間違いなしだ。膝がガクガクしてきて、整形外科のお世話になり、何時も湿布薬を貼るようになったら、もう正真正銘の老人である。こうなると嫌が応でも身体的老化は認めざるを得ない。ところが、それに比べて心の老化の方はちょっと解りにくい。八十、九十になっても前向きに溌刺として居られる老人を見ると、こういう人には精神の老化はないのではないかとさえ思われる。そこで心の老化を測る尺度の一つとして、「最近の若い者は‥‥」と、非難を口にしたくなる、ということがある。若い者にもいろいろある。それを一括りにしてこういう言い方をするのは、老と若とを対立的に考え、自分の身を「老」の方に置いていることを意味する。これは立派な老化現象である。二十代三十代の相当若いうちから、「最近の若者は」などという者もいる。こういう人達は相当早くから精神的老化現象が始まっているので、別にそれが悪いという気はないが、「自覚」は必要である。日本では西洋より「老」の価値が高いので、若いうちから老化したがる傾向にあるのかもしれない。

  次に老人の「ボケ」について、これは老化に伴う避けがたい症状である。こんな話がある。或る高名な先生が高齢になり、会って話すと残念ながら「ボケ」ている。さっき話したことも直ぐ忘れ、程度も相当醜い。ところが話しが先生の専門領域の高度な話しになると途端に実に鋭く的を射った言葉が次々に出てきて、まったくボケを感じさせないのだ。老人のボケについて大いに考えさせられる話ではないか。

 

 

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