縁の不思議
 
 間もなく金婚式というような熟年夫婦何組かと、よく一緒に旅をする。旅行中それとなく観察していると、夫婦それぞれに、独特の阿吽の呼吸とでも言うべき間合いがあって、さすが長年連れ添うとこうなるのかと、感心させられる。例えばお酒も適当に入ってリラックスした雰囲気の中、賑やかな会話の最中、ご主人がちょっと言葉を滑らせそうになると、奥さんは眼を、「パチッ!」とやる。これだけでちゃんと意志が通じるらしく、ご主人はさっと話題を変える。この曰く言い難い呼吸の妙味は、端から見ていて微笑ましく、夫婦とは良いものだな〜と思う。これほどまでにお互いの気持ちが通じ合った夫婦でも、元を正せば赤の他人だ。まるで違う所で生まれ育ち、もし縁がなければ、この世で巡り会うことも永久になかった者同士である。日本国一億二千万人の中で、男女がそれぞれ夫婦になるといった、特定の人と出会う確率は、一億二千万分の一でしかない。然も出会いというのは、一年三六五日のうちの一日のある時間を二人が共にしたと言うことだと考えると、これは偶然というより、出会うべくして出会った、つまり必然と見るべきではないだろうか。

私が京都で小僧をしていた若かりし頃、当時、和尚は独身で、小僧も一人きりだった。だから作務もお茶も食事もいつも一緒で、そんな折り和尚はいろいろな話しをしてくれた。中でも印象に残っている話は、男女の出会いについてである。「これだけ世の中沢山人が居るが、その中で男女が出会い、お互いに引かれ会うのは、分相応の者同士なのだ。もしお前が百万人に一人というような男なら必ず百万人に一人という女と出会う。お前が百人に一人程度の男なら、出会う女も百人に一人程度の女に成るのだ。だから自分を磨いておけ。」まだ二十そこそこの私は、「へ〜そんなものなのか。」と思っただけだったが、今にして思えば、これはなかなか含蓄の深い話しでである。仲の良いAさんとBさんが居たとする。この時の人間関係はA、Bそれぞれにとって、向こう側とこっち側にいた双方がたまたま歩み寄って出会ったとしか思えまい。しかし何事もお見通しのお天道様にはまる見えで、AとBの生きてきた歩みと軌跡から、二人は交わるべくして交わったと言えるのだ。だから若い二人は、そのなれそめを、本人達は偶然だと言うだろうが、それは単なる偶然で片付けられるものではなく、お互い出会う運命にあったといえる。似たもの同士とか、類は友を呼ぶなんて言葉もあるように、人間関係は人と人が出会うことから始まる。状況的にはどうあれ、自分がこんな風に生きてきたから今、この人と巡り会えたのだ。
五十年近く前、私は出家の志を立て、兄の縁で横浜の和尚さんに出会い、その縁から伊深の梶浦逸外老師に巡り会った。そこから京都の和尚さんにご縁を頂き、爾来様々紆余曲折はあったものの、今まで挫折することなく修行を続けることが出来た。思えば何と有り難い巡り会いの積み重ねであったことか。このうちのどれ一つ欠けていても今の私は存在しないのだから。これまで数え上げたら切りがないほど沢山の人と巡り会い、どれ程身に余るご指導賜ったか知れない。多くの人達との巡り会い一つ一つが、かけがえのない尊い存在なのである。

さて今度は真反対の例を引用する。ある男、出家したいと思いながら歩いていたら、偶然坐禅会開催のビラを見た。早速その旨申し出ると快く参加を認められ、爾来せっせと通うようになった。坐禅を続けるうちに出家の思いは益々つのり、僧となって道場へ掛搭し修行したいと決心した。そこで志の堅いのを確かめた和尚は自分の弟子として、その辺りで随一と言われる道場に入門させた。ところが三年ほど経つと、修行への志は萎え、今度は仏教の勉強をしたいと言い出した。これには和尚も一応賛成し、東京の仏教系大学へ入った。大学四年間通ううちにまた志が変わり、授業寺の坐禅会に来ていたある女性を好きになり、結婚したいと思うようになった。結婚するためにはどこかの寺に入って収入を得なければならない。そうこうしているうちにお世話してくれる人に巡り会い、寺の副住職として迎えられ、取り敢えず新生活のスタートを切ることが出来た。ここまでは良い縁に巡り会い順調だったのだが、やがてその寺の住職夫婦と折り合いが悪くなり、ついには寺を出ることとなった。既に子供を抱えこれから先どうするか。ともかく家内は在所に帰って当面の生計を立て、自分は再行脚、別の道場に移り、修行を再開することとした。ところが何とまた別の女を好きになってしまった。家内は子供を抱え必死になって生活している最中にである。当然そのことはひた隠しにして、縁あってある寺の副住職として迎えられたのだが、秘密はばれて、ついに家庭崩壊である。この男の人生、様々な出会いのなかで、結局どれ一つ良き縁とすることが出来なかったのである。お粗末な奴はお粗末な人間としか巡り会えないという典型を垣間見る思いである。

 

 

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