立花隆氏はご自身が膀胱癌に冒され、手術は一応成功したそうだが、多発性癌であるため、医師からは転移率八十パーセントと言われている。癌は除去できたものの、何時の日かほぼ間違いなくどこかへ転移するという。そこから癌研究の現状と将来を探るべく、目下癌研究の最先端を行っている学者を、何人か訪ねたのである。四十年前ニクソン大統領が、「ガン戦争」を宣言したが、四十年経った今もなお克服できていない。例えば抗癌剤にしても、次々に新薬が開発され、その度に画期的と騒がれても、投与した人と、全く投与しない人との生存の差は殆ど無いらしい。加えて副作用による苦痛を考え合わせると、有効な癌治療薬とはとても言い難い。癌の正体は調べれば調べるほど複雑で、ただ者ではないと解ってくる。癌克服の道のりは果てしなく遠く、この先百年は掛かると云われている。今までの著名な学者の数々の癌研究も、ごく一部を解明したに過ぎないのである。癌治療薬の開発に長年携わってきたワインバーグ博士によれば、人間は数千億以上の細胞が時々刻々生まれ代わっているのだが、そのときどこかで伝達のコピーミスを犯す。数千億ものコピーの過程でミスが生ずるのは当然のことで、つまり生きていること自体が癌になるともいえる。七十年も八十年も癌にならないことの方がむしろ奇跡なのだと言う。たとえば、人間が本来持っている外敵から守る免疫細胞マクロファージも、癌をやっつけるどころか、逆に癌の手助けをし、マクロファージの導きによって、却って癌の機能が高められているのである。当に正常細胞の裏切りである。またHIF―1(ヒフワン)についていえば、本来癌の浸潤や転移を止める重要な物質なのだが、その機能が却って癌の増殖を手助けするのである。つまり癌は増殖することにより、自ら酸素不足に陥る。そのままでは死滅してしまうのだが、そこに、ヒフワンが本来の機能を発揮し、癌細胞の新陳代謝を活発にし、移動能力も高め、酸素供給の新たな道を作り出し、これが浸潤の切っ掛けを作ってしまうというのである。これはどういう事かと言うと、そもそも生命の初期段階の胎児には血管がなく低酸素状態である。そこにヒフワンが働く事で、生命が維持される。つまり、酸素を必要とする生物が進化の過程で獲得した物質なのである。いわば生物の歴史は低酸素の中をヒフワンの働きによって生き抜いてきたといえる。我々にとって必要不可欠なそのヒフワンを、癌もその働きを利用して生き延びるのである。何と、三億年前の恐竜の骨にも癌細胞の浸潤が見られるという。こう考えてくると、体の細胞の半分は自分の味方であるが、後の半分は敵であると言える。つまり癌は生命そのものの根源にまでさかのぼるのである。 |