こころざし
 
もう三十年ほど前になる。鎌倉の寺から岐阜の瑞龍寺へ転勤命令が出て、やむなく居を移すことになった。当時四年間ほど本山建長寺で教学部を担当していたので、関係の方々が送別の宴を催して下さった。私はと言えば当時四十歳そこそこの若造だったので、集まって下さった十数人の和尚さん達は全員先輩方ばかりで、大変恐縮したことを覚えている。宴もたけなわの頃、既に八十歳近くの老僧で、国文学者のT師がこんなことを言われた。「清田さんはこれから専門道場のお師家さんと成られ、宗門の若者を教育して下さるわけですが、本当にご苦労様でございます。自分のような未熟者には身に過ぎたる大役で、無事全うできるのかはなはだ心許ない気持ちですと仰いましたが、ひとたび志を立てたと言うことは、既に志が成就したことなのです。必ず立派な師家になられます。大いに期待してご活躍を祈っております。」と、最大の賛辞を贈って、激励して下さった。

話は変わるが、毎月三泊四日で、天衣寺尼衆僧堂を会場に女性禅学林が開催され、開単以来延べ三百人以上の方々が受講されている。私は期間中二回講座を担当し、無門関の提唱をしている。その中の二十三則「不思善悪」のところでこういう話しが出てきた。達磨さんから六代目の祖師、慧能禅師がまだ出家される以前、広州の田舎で暮らしていた頃のことである。薪を街に出掛けては売り、そのわずかな稼ぎで母親を養っておられた。薪売りの途中、家の中よりお経が聞こえてきた。「…応無所住而生其心(まさに住するところ無くして其の心を生ず)…、」。心はどこにも住するところ無く、何もないのに、その時々自由に働いて出る。この一節を聞き大悟したと言われている。「ただいまの有り難いお経はどこで授けて頂けるのでしょうか。」と尋ねると、それは北の方、揚子江近く黄梅山弘忍禅師と申す偉い方が居られ、そこへ行けば教えて貰えると知った。一度お目に掛かり教えを請いたいと願ったものの、母一人子一人の身の上では、母を養う方法が他になく、進退窮まった。その時、村の篤志家が現れ、それなら儂がお母さんの面倒を見るから行ってこいと、十両を恵んでくれ、それを母親の生活費とし、慧能は黄梅山を目指して三十日余り歩き続け、弘忍禅師の所へたどり着いた。話しはまだまだ続くのだが、此処で思うのは、常識的に考えれば、慧能の願いは叶えられず、一生薪売りのままで終わってしまうであろう。ところがそんな時、篤志家が忽然として現れ、出家の援助をしてくれる。そんな旨い話はあるはずがない。しかし慧能の志が周囲の人を動かし、ついに出家の願いが叶ったのである。後、弘忍禅師の法を継ぎ、慧能は六代目の祖師と成られたのである。
話は再び変わるが、専門道場へ入門するときには、誰でも大なり小なり志を立てて来る。しかし実際に道場へ入門してみると、外から見ていたのとは大違い、二,三年もすると大抵は、「修行そのものは特別辛いことはないのですが、嫌な先輩がおりまして、ちくちくいじめられ、精神的に耐えられなくなりましたので辞めます。」と言う。僧堂は閉鎖された社会で、しかも二十四時間同じ顔を突き合わせているから、他に逃げ場がない。しかし多くの場合、これらは辞めて行く自分を正当化するための自己弁護に過ぎない。もしそれが本当の志なら、決して挫折することはない。慧能の志が実現したように、ひとたび志を立てるということは、つまり志が成ることだからである。いかなる困難にぶち当たろうが、どんなに大きな壁が立ちふさがろうが、何としても必ずやり抜いて成就させねばならないのだ。師匠はいつも、「やれるかやれないかではない、やるかやらないかだ!」と繰り返し言っておられた。


話しを元に戻そう。三十年前、鎌倉の小庵の住職だった私に、はからずも師家という大任が命ぜられた。それからの三十年は当に悪戦苦闘だった。嘗て、「志を立てることは志が成就すると言うことです。」と、激励し送って下さった先輩和尚達は、既に他界してしまい、この時言われた志とは一体どういうものなのかと聞くことも出来ない。多くの場合は、志とはむしろ常に挫折するものなのではないか。一般の人達に於いても様々な志を持ちながら、実社会では志と異なる人生を歩まざるを得なかったという人が大半であろう。だからと言って、その人の人生が堕落した惨めなものなのかと言えば決してそんなことはない。生きて行く様々な制約の中で人様に迷惑をかけず、女房子供、家庭を守り、ささやかながらも幸せを感じて生きて行くことが出来れば、人生事足りる。そう考えれば何も志がどうのこうの云々する必要はない。今此処でいう、「志」とは、何が何でも貫き通さなければ、自分の一生そのものが無くなってしまうのと同じだという「志」のことを問題にしているのである。私の場合、それは禅の修行をやり抜くことであり、師家の役目を全うすることである。都合の良い言い訳をして逃げておれば済む話しではない。自分に最も厳しい目を向けることが出来るのは他でもない自分自身である。此処には一点の妥協も許されぬ。これが「志」というものである。


 

 

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