さて臨済禅師は黄檗禅師のところで坐禅も作務も夜坐も真面目にやっているのだが一向に参禅はしない。当時黄檗のところには三百とも五百とも言われるほどの沢山の雲水が居た。その中でも臨済は異彩を放っていたと言う。とかく大勢が集まっての修行となると、真面目な者はこつこつやるが、そうでない者はいくらでも怠けることが出来る。そんな中でも他に抜きん出て修行したのが臨済禅師だったのである。首座(しゅそ)の睦州和尚は、「この雲水、歳は若いがどうもみんなと違うようじゃ。」黙々として馬鹿になっているところが異彩を放っていたのだ。つまり他の者とは願心が違うのである。そこである日、「お前さんはここに来て何年になるかな」「はい、ここへ参りましてからもう三年になります」「ほう、そうか。三年の間に老師の部屋にいっぺんでも行ったことがあるかな」つまりこれは三年の間に参禅したことがあるかという質問である。そう聞かれて「まだいっぺんも行っておりません。大体何を言って行ったらいいのかそれさえも分かりません。」大疑のもとに大悟ありというが、人生の意味とは何ぞや人間は何のために生まれてきたのか、いったい何をすれば良いというのか等々、大いなる疑問を持つことが肝心である。疑問があるから進歩して行くのだが、若い臨済禅師は何も尋ねることもなく三年間一度も参禅しなかったのである。これを聞いた首座は「それじゃ~な~、如何なるか是れ仏法的々の大意と言って尋ねてみるがいい」。これは仏法の一番大事なところ、ぎりぎりの所は何か?お釈迦様は四十九年の間、説かれたお経は五千四十八巻もあるという。それほど膨大な教えのぎりぎりの所を一口で言って貰いたいという質問である。そこで臨済は教えられたとおり、黄檗の所へ行って、「如何なるか是れ仏法的々の大意」と言った。言葉が終わらぬうちに、黄檗は持っていた竹篦(しっぺい)でビシッビシッと殴った。一頓の棒と言って、いっぺんに二十回殴ることをいい、臨済は一度に背中を二十回ほど殴られてしまった。何の事やらさっぱり分からない。すごすごと引き下がると、首座が待ちかまえていて、「どんな具合だったかな?」「いや、どうもこうもありません」「そうか、叩かれたか。そんなことでへこたれてはいかん。もういっぺん行ってこい」。臨済はまた真っ正直に、黄檗のところへ行って、「如何なるか仏法的々の大意」と同じ質問をすると、質問が言い終わらぬうちに、前と同様背中を酷く打ちのめされた。すごすごと帰ると、「もういっぺん行ってこい」と言うので、三度同じ事をやった。一回につき二〇棒、合わせて六〇棒を食らわされてしまった。そこで臨済は首座に向かって、「ご親切に引っ張って頂きましたが、三度質問をして三度とも叩かれました。私のような愚鈍な者には仏法は分かりません。此処にいても見込みはないと思いますのでお暇(いとま)いたします」。臨済ほどの大和尚でも、若い頃はこういうことがあるものだ。臨済禅師の話に私ごとを持ち出すのは憚られることだが、入門当初、仲間はどんどんと公案が通って涼しい顔をしているのに、一年も二年も余分にかかった。今日になってみると、やっぱり苦労をより多くした方が身のためになる。自分を偽らず真っ正直にやることである。
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