ラフカディオハーンが松江に住んでいたとき、朝日が昇り始めると農家の人達が一斉に朝日に向かって柏手を打ち、深々と頭を下げて祈る姿に感銘を受けたと、どこかに書いていた。おじいさんの中にはきらきら輝く朝日がイメージされているのかも知れない。また朝日を拝むのではなく今日一日無事でありますようにと自分の心に向かって祈っているのかも知れない。
四十数年前のことだが、初めてインドへ佛跡巡拝旅行に出かけたことがある。早朝ルンビニーへ行く道中、たまたま我々のバスのガソリンが無くなったらしく、地平線まで広がる大地にぽつんとある集落のガソリンスタンドに寄った。ところがスタンドは早朝と言うこともあって無人、すると運転手がどこかへ店主を捜しに出かけた。待てど暮らせど戻ってこない。気温は五,六度の寒さで暖房の設備もないガラクタバス、寒くて仕方がない。そのうち地平線から朝日が昇りだした。我々はバスの中で震えているより、外に出てお日様に当たった方がましだと感じて皆ぞろぞろ外に出た。遙か地平線の彼方まで広がるインドの広大さに見とれた。すると一緒に外に出たバスの二人の助手が、朝日に向かって頭を垂れ敬虔な祈りを捧げている。その姿の神々しさに心打たれた。我々一行と言えば、「インドは広ろいな~、朝日が綺麗じゃないの!」などとガヤガヤお喋りをしていただけだった。インド社会は日本から見れば非常に遅れており、このオンボロバスにしても、戦後間もなく走っていたような酷いものだった。そんな全てが貧しいインドの人達が、天地自然の恵みに感謝する姿にはっとさせられ、この人達の方が本当の生き方をしているのではないかと感じた。天地の恵みに頭を垂れ、感謝の気持ちを捧げるというのは、今日一般では殆どの人はしなくなった。晴れればお日さまが昇るのは当たり前のこと、何の不思議もない。ただでさえばたばた忙しい朝に、そんな暢気なことをしてる暇はない。顔を洗って飯を食ってそそくさと仕事に出かける。頭の中は今日の仕事のことで一杯、お天道様が出ようが出まいが自分の日常と何ら関係ないことである。普段の生活で天地自然の恵みを受けているという感覚はまるでない。人工的な空間の中だけで生活が成り立っているからである。しかし考えてみればこれは非常に不自然なことである。快適な生活を支えている電気も、実は相当部分原発に頼っていたわけで、東日本大震災のような目に遭えば一辺にそんな快適さはすっ飛んでしまう。そればかりか周辺地域へ及ぼす被害の深刻さを考えると、そう言う不安定で危険極まりない上に、我々の快適な生活が成り立っていたのかと思うと唖然とする。
近代文明社会で生きる日本人には宗教心は無いのだろうか。ある本に依れば既に江戸時代から神社仏閣への参詣は大部分婦人と子供と乞食で、役人とか地位のある男性の姿は滅多に見られないと記されている。『…ヘボンとブラウンはともに神奈川宿の成佛寺に住んでいた。ヘボンは本堂、ブラウンは庫裡、本堂からは仏像を全部取りのけ、そこで安息日の礼拝を執り行った。外国人のためにこんなにすぐに寺院を貸してくれるとは不思議なことだ。仏像、仏具類は本堂の暗い片隅に板戸でしきりをして片付け、住職は隣接の家に住んでいる。この寺は相当貧乏寺で庫裡も傷んでおり、住職は宣教師が払う家賃に満足していた。それにしても仏像仏具をいともあっさり撤去したのには驚いた…』。聖職者自身が自己の守護する聖域を異教の神に譲り渡して何の呵責も疑いも覚えないというのは一体如何なる宗教であるか。
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