日本の長所
 
 日本の長所とは何だろうと考えるとき、経済力や技術力はあるが、軍事力がないから世界平和に積極的に貢献できるとは思わないという声をよく聞く。確かに超大国アメリカが持っているような「世界のあり方は自分たちが決める」という強烈な使命感や、中国を支える中華思想のような強い自己主張を持ってはいない。改めて長所を問われても戸惑うかもしれない。しかし必ずしもそうではない。具体的に二つ例を挙げると、まず一つ目は、異質の物や文化を自分たちの社会に平気で取り入れ、混合文化社会を作る才能である。これは原理原則にこだわらず、集団の和や全体としての効率に重点を置く実利的生き方で、融通無碍、悪く言えばいい加減である。例えば宗教のように、異質の他者を認めない領域においても、相対化し融合させてしまう妥協性、原理原則の議論を戦わせるよりも、実際に役立つことを好む。言ってみれば花より団子の発想である。

この点では不寛容の代表格は一神教である。イスラーム教、キリスト教では神の名のもと幾度か凄惨な弾圧と虐殺が繰り返された。いつ終わるともしれないパレスチナ問題、北アイルランドのカトリックとプロテスタントの抗争、スリランカのタミル人とシンハラ人の泥沼の惨劇等々、噴出するこれらの宗教戦争である。この宗教的不寛容が今後も世界平和の攪乱要因になることは間違いない。そこで日本人にはとても理解できないなどと諦めるのではなく、GDP世界第三位の大国として、これまでの日本人の伝統的な生き方を積極的にアピールし、異質な他者との共存原理を身をもって主張してゆくことである。
二つ目は日本人の深層心理にあるアニミズム的世界観である。生きとし生けるものすべて、さらに山や川といった無生物に至るまで、魂や精神性を感じる世界観こそ、日本人の大きな財産である。一神教では神を最高位におき、次に人間、家畜、野獣、そして下等動物といった具合に断絶した上下関係で捉えられる人間中心主義である。例えばこんな話がある。フランスを訪れる多くの日本人から、どうしてフランスの犬はあんなに行儀が良いのですか、やかましく吠えることもなく、まるで犬の種類が違うみたいで、一体どんな躾、育て方をしているのかと聞かれる。説明によれば、フランスでは子犬が成長する過程で主人の言うことには絶対従うように躾けるが、どうしても言うことを聞かない呑み込みの悪い犬はどんどん淘汰する。つまり殺してしまうと言う。犬に限らず家畜でも、そもそも人間に何かしら利益便宜を提供するために飼っているものだから、間違っても人に迷惑をかけるようなことは絶体許さない。日本人は人も死ねばやがて神になるし、魂は動物も人間も一続きの循環構造の中で経巡っていると考えている。しかもすごいところは、こうした古代的なアニミズム深層心理を残しながら、西欧文明社会のトップレベルに僅か百年で到達した。自分たちの過去の精神的文化原理を振り返り、自己本来の姿を再発見し、これを理論的に強化すれば泥沼の対立が続く世界に新しい道を開くことが出来るのではないだろうか。しかし長所は短所というが、他者を排除しないで、良いものなら平気で取り入れるという文化伝統は、逆に言えば、自分の信ずるところを声高に主張し、他国に対して執拗に説き続ける折伏精神が欠如している証でもある。今の世界は強烈な自己主張と異質な他者への容赦のない排除を文化原理とする西欧文明が主導権を握っている。その世界で生き抜き平和と融和の世界へ変えていこうとするならば、これからの日本人は相手を上回る説得力で自らの文化原理を広めていかねばならない。武力ではなく言力こそ最も重要である。言葉で伝えることのたゆまない努力こそ日本がなしうる世界貢献なのである。でなければ宝の持ち腐れになってしまう。

 

 多くの日本人はなぜか外国の方がすばらしいと思いがちである。それは外国の本当の正体を知らず、美しく誤解しているからである。考えてみると、日本の対外関係はかつては古代中国だけ、下っては西欧諸国だけ、そして戦後はアメリカだけといういわば二国関係であった。しかし現在のように相手が世界的に拡散し関係も多角化した時代では相手に合わせようとするとイソップ物語にある「ロバを売りに行く親子」の話のように、行く途中に出会った人々の異なった意見を受け入れて元も子もなくしてしまうことになる。
朝顔につるべとられてもらい水、という加賀の千代女の有名な句があるが、朝顔のけなげに生きようとする姿に心うたれて水を汲むのを遠慮する。また東北地方にある曲がり屋に見られる馬を家族同様に扱う習慣。私たちが住む世界は完全に独立した生物個体は存在しない。人間も動植物もどこかで繫がり互いに支え合う仕組みになっている。これが本当に納得されれば、違った文化を持つ人々を差別迫害したり、異なった宗教を持つ人々を攻撃し合ったりする対立抗争ではなく、お互い共存し共栄する道が開けてくると思うのである。

 

 

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