この点では不寛容の代表格は一神教である。イスラーム教、キリスト教では神の名のもと幾度か凄惨な弾圧と虐殺が繰り返された。いつ終わるともしれないパレスチナ問題、北アイルランドのカトリックとプロテスタントの抗争、スリランカのタミル人とシンハラ人の泥沼の惨劇等々、噴出するこれらの宗教戦争である。この宗教的不寛容が今後も世界平和の攪乱要因になることは間違いない。そこで日本人にはとても理解できないなどと諦めるのではなく、GDP世界第三位の大国として、これまでの日本人の伝統的な生き方を積極的にアピールし、異質な他者との共存原理を身をもって主張してゆくことである。
二つ目は日本人の深層心理にあるアニミズム的世界観である。生きとし生けるものすべて、さらに山や川といった無生物に至るまで、魂や精神性を感じる世界観こそ、日本人の大きな財産である。一神教では神を最高位におき、次に人間、家畜、野獣、そして下等動物といった具合に断絶した上下関係で捉えられる人間中心主義である。例えばこんな話がある。フランスを訪れる多くの日本人から、どうしてフランスの犬はあんなに行儀が良いのですか、やかましく吠えることもなく、まるで犬の種類が違うみたいで、一体どんな躾、育て方をしているのかと聞かれる。説明によれば、フランスでは子犬が成長する過程で主人の言うことには絶対従うように躾けるが、どうしても言うことを聞かない呑み込みの悪い犬はどんどん淘汰する。つまり殺してしまうと言う。犬に限らず家畜でも、そもそも人間に何かしら利益便宜を提供するために飼っているものだから、間違っても人に迷惑をかけるようなことは絶体許さない。日本人は人も死ねばやがて神になるし、魂は動物も人間も一続きの循環構造の中で経巡っていると考えている。しかもすごいところは、こうした古代的なアニミズム深層心理を残しながら、西欧文明社会のトップレベルに僅か百年で到達した。自分たちの過去の精神的文化原理を振り返り、自己本来の姿を再発見し、これを理論的に強化すれば泥沼の対立が続く世界に新しい道を開くことが出来るのではないだろうか。しかし長所は短所というが、他者を排除しないで、良いものなら平気で取り入れるという文化伝統は、逆に言えば、自分の信ずるところを声高に主張し、他国に対して執拗に説き続ける折伏精神が欠如している証でもある。今の世界は強烈な自己主張と異質な他者への容赦のない排除を文化原理とする西欧文明が主導権を握っている。その世界で生き抜き平和と融和の世界へ変えていこうとするならば、これからの日本人は相手を上回る説得力で自らの文化原理を広めていかねばならない。武力ではなく言力こそ最も重要である。言葉で伝えることのたゆまない努力こそ日本がなしうる世界貢献なのである。でなければ宝の持ち腐れになってしまう。 |