日本人力
 
 日本は近代国家を目指しひたすら外国の真似をし追い掛けてきた。そしてついには経済大国にまでなれたのだが、なった途端それまでの追い掛けるシステムは全部時代錯誤となって駄目になった。ところが今でももっとアメリカを学んで、日本をアメリカのように改造しなければいけないと思い込んでいる人が少なくない。日本は千五百年近くも大きな意味で一つの民族が一つの言語を使って住み続けてきた。だからアメリカのような多様性に富んだ国家と同じ道を行くのではなく、日本の特質を生かした独自の道を歩めべきである。ところで今の日本を見ると政治も経済も社会もひどい状態になっている。例えば幸福に暮らせるために物事の効率を高め便利にするということを考えても、損益分岐点をとっくに越えている。これは薬と毒の関係に似ていて、ある量までは薬として効くものが、効いたからと言って三倍五倍と増やしていけば、最後には毒となる。ある場所から他の場所へどのくらい短い時間で移動することが本当に必要でそれが幸福に繫がるのか。

リニア新幹線で東京大阪間が一時間で結ばれるという。特別な人は除いて一般にはそんな早く行く必要はないのではないか。技術的に出来るからやるという面が多すぎ、なぜそれをやるのか、やってどうなるのかという哲学的な顧慮が欠けている。人間が本当の意味で元気になる適正な効率、便利さ、何の目的でやるのか、もっと言えば人間は何のために生きているのか、幸福とは何なのかということを改めて考えるべきではないだろうか。さらに目先のことだけではなく、あの世の幸福はどうなんだろうか、そういう目に見えない超越的な価値を考えてみる。 少し前までは何かすると罰が当たるとか、後生だからといったものだが、そのために現在の自分の行動を律するという点では、日本人が一番非宗教的になっているのではないかと思う。
  かつて世界の大国はこぞって領土拡張の植民地主義にはしった。明治以降日本もそれに見習って、中国や韓国、台湾さらに南方地域を植民地化した。今となっては日本の僅か半世紀足らずの植民地主義だけが世界中の非難の対象になっている。もっと酷いことをいち早くやった欧米諸国は知らんぷりの涼しい顔をしていることを考えると、盲目的に欧米諸国のやり方を踏襲すれば日本だけが悪いと批判されるようになりかねない。近年中国の台頭が著しいが、アフリカなどへの資源確保を目的にした湯水を浴びせるような支援は、本当にその国のためになるのかはなはだ疑わしい。本当の支援とはその国が自立できるように実情に合った親身の援助をすることが本来のあるべき姿であろう。資源を枯渇するまで徹底的に吸い上げ、なくなれば後は知らんぷりでは、かつて欧米諸国がやった植民地主義と本質的には何ら変わらない、新植民地主義と言われても仕方がない。日本はこのような過去の苦い経験から学んで、決して他国のやり方を盲目的に踏襲することだけはしてはならない。
 さて世界の先進国の中で貧乏を社会から完全に追放したのは日本である。庶民まで皆豊かになった。日本の経営者の収入は、一流企業、一部上場会社の社長の平均給料が運転手の給料のだいたい一桁上で、上下所得格差がどの先進国に比べても一番少ない。平等化が進みスラムや乞食は見られなくなった。ところがこのように貧乏を追放した日本で、人々は元気に溢れ喜びに満ちているかと言えば、むしろ反対で、社会の至る所で人間崩壊現象が見られるようになってしまった。豊かになり過ぎれば人間不幸になる。今の日本の荒廃、社会悪は全部世界一の金持ちになった、バブルの時に始まったのである。このような生き方から学ぶことは、これ以上行き過ぎた社会の平均化平準化を進めることをやめて、今度は社会や学問の個性化を目指すべきである。真に独創的な考えを出すためには、不和雷同的な日常生活から脱出して、自分自身の座標軸をはっきりさせることである。独創的であることは物の見方が普通の人と違う必要がある。日常生活でも固有な物を見る癖をつけておかなければならない。二十一世紀の世界の面倒は日本が見ると言うぐらいの気概を持つべきである。これまでの行き過ぎた人間中心の西欧的価値観を日本型の生き方に修正し、人間同士のみならず、すべての生物、自然環境とも共存し調和する新しい生き方を積極的に示すべきである。今まではアメリカ化されたり、イギリス化されたり、中国化され、幾度も外国化されてきたのだが、そろそろお返しに世界を日本化することを考えるべきだ。

 

百年前は日本以外で欧米の保護国や植民地でなかった国は全世界でわずか七つしかなかった。それを日本がひっくり返した。その最初のきっかけは日本が日露戦争に勝利したことである。それまで西欧に支配されることは逆らえない宿命だと諦めていた国々が、自分たちもやれるのだと自信をつけたのである。現在アフリカに独立国は五十三あるが、以前はわずか二カ国だけだった。二十一世紀の世界は日本人の生活態度、世界観を世界の多くの人々が享受できるように助けることによって、世界は明るく活力あるものになってゆくと思うのである。

 

 

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