托鉢も道場の立地条件によってさまざまである。瑞龍寺のように比較的街に隣接している寺では行き先も近く、そんなに遠距離まで出掛けて行くことはない。しかし私が修行した所のように山奥になると話は別だ。今でこそ広い道路も通り車も発達してよほど便利になったが、当時は本当に辺鄙であった。だから托鉢にちょっと近くの集落までといっても一里や二里あるくのは当たり前のことだった。
一番遠くになると五里先迄歩いて行く。さすがにこれは月一回だったが、その日は朝の勤行も懈怠し、起きると直ぐに朝食、それもほかほかと湯気の立ち昇る白的(白米のご飯)である。 |
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