第五十回  延寿堂

 延寿堂とは修行中体を壊したものを休ませ、回復したらまた現場復帰させる一時避難所のようなもので、病僧寮とも言う。大抵禅堂に隣接して建てられている聖侍寮の中の一室があてがわれる。風邪を引いたりお腹を壊したりと、修行者も人間だから病気になるときがある。もうどうしても皆について行けないほど弱ったときに、侍者さんに申し出、許可されれば即刻病僧寮に入り、布団を敷いて終日休み英気を養うのである。特に胃腸を壊した場合などは、侍者さんが特別にお粥を炊いて部屋で食べさせてくれる。こういう話を聞くと、中には悪用して、たいした病気でなくとも、申し出る者があるように思うかも知れないが、全くそう言うことはない。むしろ反対で、明らかに弱っているので、周りの者が病僧寮で休むようにいくら勧めても、大抵は、「大丈夫です!」と言って頑張る。何故なら、修行は皆ギリギリのところでやっているから、一端病憎になって気持ちが萎えると、もう一度立ち上がるのに、相当苦しい思いをしなければならないからである。


『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所

私も胆石痛で幾度と無く七転八倒の苦しみをしてきたが、一度も病僧になったことはなかった。痛みが引けば直ぐ元に復帰した。昔こんな例もあった。大接心中、一人の新到の者が、解定後侍者寮に胃が痛くて我慢できないと訴えてきた。顔面蒼白、ただならぬ様子に、急遽老師の車を出して貰い六キロ離れた町の医者に駆け込んだ。生憎当直の医師は整形外科医で、専門外のため、「詳しくはまた明日いらっしゃい。」てなもんで、痛み止めの薬を処方されただけだった。ところが二・三キロも戻った頃、どうしても痛くて辛抱できないので、もう一度医者のところへ戻って欲しいと悲痛な訴えに、再びバック、今度は注射を打って貰い、何とか凌いで寺に帰った。しかし早朝様子を聞くと依然痛みは激しく、急遽別の街の総合病院まで連れて行くと、胃穿孔と言って、胃に穴が空いており、直ぐに手術をするという。手当てがもう少し遅かったら重大なことになっていたと聞かされ、安堵の胸を撫で下ろしたことがある。これなどは病僧でも希な例だが、僧堂は始めての者にとっては緊張の連続で、ストレスからこういう大事に到ることもあるのだ。そこで侍者寮には三人のうち一人は必ず一番古参の雲水が入り、禅堂内全体を見回して、一人一人の雲水の健康状態や精神面まで、何くれと無く目配りをする。
 師匠の逸外老師が嘗て新到のころ、毎夜徹宵夜坐を組み、遂にぶっ倒れ病僧寮に担ぎ込まれたそうだ。すると、「外っさんは気遠になるか、どえらい見性するか、どっちかだな〜。」と言いながら、同僚が障子の前を通り過ぎたそうだ。
蒲団の中で拳を握りしめ、「気違いなんかになってたまるかい!」と思ったと、後年述懐しておられた。このように延寿堂は修行者の様々な苦闘が刻み込まれた部屋なのである。


 
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