春秋のお彼岸には雲水にとって楽しみな大遠鉢がある。彼岸入りの前日に出立して彼岸明け翌日に帰山する九日間の遠鉢である。平生は僧堂の中に閉じ込められているから、下界の空気を吸えるだけでも、うきうきした気分になる。それが延々九日間にも及ぶわけだから嬉しくないはずがない。三人一組なので、人数の多いときは幾組にもなる。新到のときは在錫者三十数人と言う多さだったので、私の組は尾張知多組と言うところで、何と此処は三十数年ぶりに行く地域であった。大遠鉢中の宿は関係のお寺さんや信者さんの家に泊めて貰う。早朝より夕方まで一日中慣れないところを托鉢して回るので、若いとはいえ結構草臥れてくる。夕方あらかじめ依頼してある投宿場へ着いて、お湯の入った盥で冷え切った足を洗うと、一辺に疲れが吹っ飛びほっとする。と普通ならこうなるわけだが、尾張知多組は信者さんや関係寺院など殆どなく、引き手さんは、毎日その日の当宿場に随分苦労されていた。当時はその日に投宿場を依頼するという習慣だったので、今日は無事に布団にもぐって寝られるかな〜と心配しながらだった。現在では相当以前より依頼し、さらに依頼状を出して確認することになっているが、当時はそんな風だった。今から思えば随分迷惑な頼み方だったと反省させられるが、伝統に従えばそういうことなのである。 |
|