第五十八回  大根鉢
 十一月下旬、ぼつぼつ木枯らしが吹き始める頃、恒例の大根鉢がある。数キロ四方は殆ど農家で、どこの畑にも大根が植えられているので、托鉢をするには好都合である。
 明日は大根鉢と予告されると、引き手は門前のお百姓さんの家に行ってリヤカーを借りる手筈を整えておく。当日は粥座が終わると直ぐに法衣に脚絆、草鞋を履いて玉襷を取り、腰上げをして前日約束の家に行く。三人一組で、大抵は末単の者がリヤカーを引く。小一時間して現場に到着、「大根鉢に参りました〜!」と大声で言うと、その時期恒例の行事なので、どこのお宅も既に四、五本荒縄で縛って用意してある。
それを頂きまた次の家へという具合に托鉢をして、頂いた大根は農道の隅っこに置いておくと、後からリヤカーを引いてくる者が積み込む。この繰り返しでほぼ集落を一軒残さず終わる頃には、リヤカーは大根で山盛りとなる。十時半前後、庵主さんのお寺で草鞋を付けたまま庭先に腰掛けて点心を頂く。朝食はずるずるの麦粥だけだから、空きっ腹にドスンとご飯が落ちる満腹感は、何より幸せな気持ちになる。食後、早々に重くなったリヤカーを後ろから二人が押して来た道を戻って行く。寺に到着したら直ぐにざっと泥を落としてハザに掛ける。こうして各組が次々に帰ってくるので典座辺は大根で溢れかえる。早い組の者は大根を洗ってなるべく薄くスライスして、蕪の葉を切ったものと一諸にして、その上からさっと塩を掛け重石を乗せて置くと、翌日には浅漬けが出来上がる。たったこれだけなのだが実に美味しい漬け物となる。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所
 ところで、この後片付けが問題で、信者さんが丹精込めて作ったものを、有り難く頂いてきたのだから、例え葉っぱ一枚でも疎かに扱うことは出来ない。昔、ハザに掛けるときに葉っぱが千切れるので、それをまとめてゴミ捨て場に捨てたところ、めざとく見つけた高単さんが激怒、庭詰め門宿を命じたそうだ。しかしこの膨大な数の大根の処理では千切れた葉っぱが出てくるのはやむを得ないことで、たったそれだけで庭詰め門宿は酷すぎると雲水同士おおもめにもめ、ついに取っ組み合いの喧嘩となった。ドッタンバッタン、唯ならぬ音を聞きつけた老師が、さらに火に油を注ぐように烈火の如く怒った。こうなると血の気の多い若者ばかりだから、収拾が付かなくなり、ついに評席全員が即座に下山という事態になった。その後この間題をどう納めたか知らないが、大根の葉っぱ一枚でも、命懸けというところがいかにも僧堂らしい。このことがずっと後まで語り継がれ、我々の頃は大根の葉っぱ一枚に非常に神経を使うようになり、これが以後伝統と成った。
 十二月一日からの冬至大接心が終わる頃には適度に水分が抜け、総出で幾つもの樽に漬け込んだ。間に空気が入らないように、草鞋を履き上に乗って踏ん張ったものである。寒風吹き抜け手足がかじかんで痛いほどだったが、こういう一つ一つが無性に懐かしい思い出である。


 
ZUIRYO.COM Copyright(c) 2005,Zuiryoji All Rights Reserved.