第六十一回  役位交代
 僧堂は一年を、夏期と冬期に分けて居る。夏期(五月一日〜七月三十一日)を雨安居と言い、冬期(八月一日〜一月三十一日)を雪安居と言う。僧堂は中心となって取り仕切っている老師をトップに、修行中の雲水で成り立っている。
雲水は大きく常住と堂内に別れる。常住員は知客(しか)兼副司(ふうす)・典座(てんぞ)・殿司(でんす)三應などの役目が与えられ、一方堂内は、直日(じきじつ)と聖侍(しょうじ)役が他の堂内員の指導教育を行っていく。特に役目を与えられた者は、自分自身の修行と同時に、全体の修行のために切磋琢磨していくのである。
 半年ごとに、雨安居と雪安居の切り替え時に、役目の交代が行われる。役寮に入って、僧侶としての基礎的訓練をしながら、日常生活に必要なあらゆる仕事を分担し、様々な事柄を経験し学んでいく。例えば典座役になれば、飯の炊き方から味噌汁の作り方、洗い場での手際など、また殿司寮に入れば、お経や回向(えこう)などの唱え方を実地に学ぶ。三應寮では、老師の身の回りのお世話から、洗濯掃除食事の支度にいたるまで、師匠に仕えることを学ぶ。このように、雲水修行は単に坐禅だけを組んでいるのではなく、僧侶に必要な事柄全てを経験し学んでいくのである。おもに常住役は比較的修行年限を積んだ者に割り当てられ、未熟なうちは専ら堂内員となって、ひたすら坐禅・托鉢・作務に明け暮れるのである。何と言っても修行で一番大切なのは、まずは徹底的にどん坐ることで、この基礎が出来て後、初めて役を与えられ、実務的なことも覚えていくのである。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所
 そこで夏冬切り替えの、役位交代にっいてだが、齋後(昼食後のこと)拆三声が鳴らされると、旧役の者と新役の者が食堂で向かい合い坐る。すぐに知客の垂訓がある。要するに好い加減な引き継ぎをせず、後役の者が困らないように懇切丁寧にということである。その後直ぐに全員で隠寮へと向かう。新旧揃って老師の前で低頭したまま、老師の親切な垂訓を拝聴する。
  それからいよいよ交代作業が始まる。六ヶ月間で溜まった荷物の整理、舐めるように雑巾がけをして、すっかり寮舎を空にする。このとき一制中経験した役目のこつなど、実地に経験してきた者でなければ解らないような事柄まで一々綿密に引き継ぐ。これが親切というもので、大体その者が一制中どういう心構えで修行してきたかは、この引き継ぎでよく解る。
 飛ぶ鳥跡を濁さずと俗にも言うが、修行者なればなお一層この心構えが問われる。例えば殿司寮では、引き継いで最低一ヶ月間は蝋燭や線香、抹香などの補充をせずとも良いようにしておかなければならない。また典座寮の交代掃除はどの寮舎より大変で、竈の上の吹き抜けの小屋組にへばりついて、すすを払い雑巾を掛け、ぴかぴかに磨き上げる。大きな梁にしがみついての作業で全身すすだらけ、まるでクロン坊のようになる。その他薪のストックも充分しておき、乾燥させて直ぐに使えるようにしておくことも重要な配慮である。


 
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